“朝ドラ”こと連続テレビ小説「おちょやん」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか) 第3週「うちのやりたいことて、なんやろ」は、主人公・千代が子役の毎田暖乃から本役の杉咲花に変わって、いよいよ本格始動。娯楽のメッカ・大阪・道頓堀の芝居茶屋のお茶子として働く千代は、子どものときに憧れた人気女優・高城百合子(井川遥)と再び出会う。千代に大きな影響を及ぼすことになる百合子を演じる井川遥は、朝ドラでは「純情きらり」や「半分、青い。」でも印象的な役を演じてきた。井川遥と朝ドラについて、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)
「おちょやん」第3週は、千代がもうすぐ数えで18歳になる時期。そうなると“年季”が明ける。つまり岡安との雇用契約期間が終わるのだ。このまま岡安に残って働いてもいいし、ほかにやりたいことがあれば岡安を離れてもいい。すべては千代の意思次第。
ご寮人さんのシズ(篠原涼子)に「自分がどないしたいのか、もっとよう考えなはれ。そうせな後悔する」と思いやりあふれる言葉をかけられた千代は、サブタイトルどおり「うちのやりたいことて、なんやろ」と考えはじめる。ちょうどそこで、憧れの女優・高城百合子と出会い、「一生一回、自分がほんとうにやりたいことをやるべきよ」と助言される。百合子は千代のなかに演劇に対する憧れを見出していた。
8年前、千代が道頓堀に来たとき、はじめて見た演劇が百合子の演じた「人形の家」だった。
これは、結婚して子どもを生み育てることを当たり前と思っていきてきた主人公ノラが、
違う生き方に目覚める物語。
百合子を演じる井川は、「私には神聖な義務があります」「私自身に対する義務ですよ」と声を張って、顔を毅然とあげて、目を大きく見開き、劇中劇を演じた。華のある俳優なので、千代が魅入られてしまう役はぴったりだ。
時代の流れで、映画に転身することになる百合子。なかなか舞台への想いが断ち切れなかったが、新たな挑戦を決意して、かばんひとつで、道頓堀を去っていく姿も画になった。
「人形の家」は実際にある名作で、ノルウェーの作家・イプセンが19世紀に書いた戯曲を日本では明治時代にはじめて翻訳上演された。女性の自立の物語なので、女性のドラマである朝ドラとは相性がよいのか、朝ドラでは時々、登場している。「とと姉ちゃん」(2016年度前期)の38回では、ヒロイン・常子(高畑充希)の先生・東堂チヨ(片桐はいり〈奇しくも千代と同じ名前なのがポイント〉)が実は俳優にあこがれていたという設定で、様々な戯曲を読んでいるなかに「人形の家」がある。チヨは、当時のいわゆるヒロインの型にはまらない外観だったため諦めたという、固定観念に苦しんだ側として描かれていた。
「なつぞら」(2019年度前期)ではヒロイン・なつ(広瀬すず)と幼馴染の雪次郎(山田裕貴)が「人形の家」を見るエピソードがある。なつは、人形が出てこないと素朴な感想を抱くが、雪次郎が演劇にどっぷりハマっていく(62話)。しかも彼は「ふつうの人が言いたい言葉を伝える力がプロなんだ」という高度な演劇観を抱くほどに。
これを説明すると長くなるのでここでは触れないが、つまり「人形の家」は、明治、大正、昭和初期を舞台にした作品では、誰もが自分の問題として共感する題材を描いた代表的なものだった。2020年のいま、広い目で見れば、女性に限らず、男性も、つまり人間、ひとりひとりがどう生きていくか。世間が勝手に決めた“こうあるべき”という形に囚われず、女だから、男だから、という決まりごとに従うのではなく、自分の心のままに生きていくことを後押ししてくれるような物語ともいえるだろう。
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