今の人の欲求は「心を楽しませたい」
鹿毛氏が続けてつないだのは、コロナ禍でのエンタメの意義。
「エンタメはないからと言って死ぬことはない、人の衣食住に関わらない不要不急のものだと言われ続け、みんな我慢をしてきたと思います。だけど、だからこそ、今皆さんが抱えている最大の欲求は、人に会いたい、心を楽しませたいというものではないでしょうか。音楽を楽しみたい、劇を楽しみたいというのもその1つ。そういった人の心を保つものがエンターテインメントなんです」
さらに重ねられたのは、エステーの企業スローガン「空気をかえよう」についてだった。これは世の中の空気を変えるという意味も含むものだが…。
「いざ考えてみると、言葉はあっても、何か大きな働き掛けをしてこなかったかもしれません。だからせめて、この『赤毛のアン』で全国をめぐることで、少しでも今の社会の空気を変えるきっかけになればいい。そもそもこのミュージカルは、エステーが日ごろの感謝の気持ちを込めて行っている無料の公演です。公演を止めるというのは世情的には正しいのかもしれないけど、本当の意味で人の心を考えたとき、それは何か違うんじゃないのかと思いました」
「やらない理由はいくつでも言えるんです」と鹿毛氏は続ける。「世の中の反応、感染症のリスクとか、そういった理由はいくつでも並べられます。だけど、やる理由は言えない。ただ、人としての尊厳を守るという、イチ企業市民としての活動を止めるのは何か違う。オリンピックをやるからやる、そういうことでもないんです」
「言えない」というのは、心の活動であるから。それが鹿毛氏からの言葉に感じることだ。しかしながら、最後に付け加えられた言葉がある。
「そうはいっても8月の時点で世の中がどうなっているかは分かりません。状況次第でやはり中止しなければいけないときは、その決断をします」
多くの人にとって、「赤毛のアン」は、日々各地で開催されている中の1つの公演に過ぎないかもしれない。しかし、全国でこの公演を心待ちにしている人たちがいるのも間違いない。開幕は8月16日(月)、無事に幕が上がることを願いたい。
取材・文/鈴木康道