「水曜どうでしょう」藤村忠寿D、会社員人生の極意を語る『20代は楽しいなんて幻想抱くなと言いたいね』<サウナの神さま>
サウナ好きで知られるサバンナ・高橋茂雄が世界のトップランナーをサウナへ招き、人生の“ととのった”瞬間=ターニングポイントを聞く番組「サバンナ高橋の、サウナの神さま」(隔週木曜夜9:25-9:54、TOKYO MX)。5月26日放送回のゲストは、伝説のローカルバラエティー「水曜どうでしょう」を生んだHTB北海道テレビ・藤村忠寿(ふじむら・ただひさ)ディレクター。DVD500万枚突破という大ヒットを飛ばした凄腕ディレクターが、人生で“ととのった瞬間”を打ち明けた。
収録スタート前、「これだけのビッグ番組、大ホームランをかっ飛ばしたら社内でどれだけ偉そうにできるのか聞いてみたいですね(笑)」とワクワクしていた高橋も対談後、「めちゃめちゃ面白い方でした!」と興奮気味に語ったほど、想像を超えた“自由すぎる会社員”藤村Dの半生とは?
仕事が「全然楽しくなかった」20代
1996年に北海道テレビで放送を開始した「水曜どうでしょう」は、スタート時まだ大学生だった大泉洋がいろいろなことに挑戦する、“低予算”を逆手に取ったゆるさが魅力のロケバラエティー。6年間のレギュラー放送を経て、現在も不定期で新作を世に送り出している。
「もともと旅が好きだから。あちこち行くのが好きだから、それで『水曜どうでしょう』作ったようなものなんで」と語りはじめた藤村D。まずは、その原点から。
――高橋:ご出身はどちらなんですか?
藤村:名古屋です。地元から離れたところに行きたいと思って、北海道か沖縄か、ということで北海道の大学に行って。で、北海道は人がいいから。そのまま北海道で就職しようと思い、たまたまバイトしてたのがテレビ局で、就職試験を受けて…。
――高橋:入社後は最初から制作で?
藤村:報道に行きたかったんだけど、東京支社の行きたくもない部署にいきなり行かされて、デスクワークを5年ですよ。30歳になってから札幌本社の制作に異動して。特に東京で過ごした20代の5年間は、一回も仕事が楽しいと思ったことなかったですね。
HTB 北海道テレビ