橋本:コンテスト受賞の肩書があるから最初は良かったんですけど、しゃべれないし歌えないし演技もできないから、仕事が続かなくて。16歳の時にグラビアの写真集を出そうってなったんですけど、現場に行ったらビキニがいっぱい置いてあって、おじさんのスタッフさんがいっぱいいて、うまく笑えなくて。
――高橋:それは怖いわ…。
橋本:写真集を出したらイベントをやるんですけど、それも5人くらいしか来なくて。17歳で上京して堀越高校に入れてもらったけど…皆勤賞とっちゃいました(笑)。
――高橋:一日も休むことなく。
高校卒業し、成人してからも仕事がない期間は続いた。あがいていた26歳の時、写真週刊誌からグラビアの話が舞い込んだ。
橋本:『フライデー』で、国民的美少女コンテストの受賞者が大胆に露出するなら面白いね、と。グラビアは大嫌いだったからやりたくなかったんですけど、「もう後がない」とも思ったので。それまでは水着を着させてもらっていたけど、その時は、手ぬぐい一枚だけで。「もうどうでもいいや、隙間から何が覗いてもいいや」と思って。その開き直りがよかったのか、初めて反響があったんですよ。
それが、グラビアの仕事に覚悟が芽生えた瞬間だった。
橋本:グラビアにいっぱい出てる時期に、篠山紀信さんに撮ってほしいと言ったんです。撮影では、最初水着を着ていたんですけど、「水着のパンツは脱がなくていいけど、心のパンツは脱いでね」って言われて撮影が始まって…。もう空間が心地よすぎて、その夜は寝られなかったです。
――高橋:その言葉はなんで言われたと思う?
橋本:壁とか…感じるものがあったんですかね。それまではカメラマンとセッションとかではなく、自分の妄想の中でしていたから。そこから一皮も二皮もむけちゃって、自信にもなりましたし。
――高橋:その一言が、人生がととのった瞬間だったんや。
橋本:人生がととのった瞬間でしたね。
この記事の関連情報はこちら(WEBサイト ザテレビジョン)