上野樹里が主演を務めるドラマシリーズ「監察医 朝顔」のスペシャルドラマ「監察医 朝顔2022スペシャル」(夜9時〜10時48分、フジテレビ系)が9月26日(月)に放送される。それに伴い、ドラマシリーズの過去シーズンがTVerで無料配信中だ。同作を軸に、今年女優デビューから20年目を迎えた上野樹里の魅力を振り返る。
監察医の顔と、誰かの家族としての顔
「監察医 朝顔」は同名漫画(原作:香川まさひと、作画:木村直巳)を原作に、ドラマ化にあたって大きくアレンジをしたヒューマンドラマ。東日本大震災で母が行方不明となった法医学者の万木朝顔(上野樹里)と、朝顔の父でベテラン刑事の平(時任三郎)がさまざまな事件の謎を解き明かし、遺体に残された“生きた証”で残された人たちの心を救っていく姿を描いている。2019年7月期に第1シーズンが、2020年10月期・2021年1月期と2クール連続で第2シーズンが放送された。
その間には、本編では描かれなかった、朝顔とその夫となる桑原(風間俊介)が初めて出会ってから恋人として付き合うまで、朝顔がつぐみ(加藤柚凪)を身ごもってから生まれるまでの物語がスペシャルドラマとして放送されている。監察医や法医学者を主人公としたサスペンスは多くあれど、加えて本作にはこうした朝顔と家族の日常を丁寧に映し出したホームドラマ的側面もあった。
事件や災害に巻き込まれ、突然失われる命がある。朝顔が法医学者として遺体に、平や桑原が刑事として事件に向き合う姿と並行して、彼らの何気ない日常が描かれることで、そういった命の儚さと尊さが際立っていた。うれしいときも、悲しいときも、どんなときでも一緒に食卓を囲む朝顔たち一家に何度も会いたくなる。だからこそ、この物語は長く愛されてきたのだろう。
そして本作の人気を支えているのが、人間の明と暗の二面性を演じ分ける主演・上野樹里の力だ。仕事から離れ、同僚や家族と話す朝顔は、どこにでもいる等身大の女性という感じがする。平の前では“娘”、桑原の前では“パートナー”、つぐみの前では“母”の顔になる朝顔。その仕草や佇まいにはどれもリアリティがあり、身近な存在に感じさせてくれる。
だが、朝顔は2011年3月11日に東日本を襲った大震災で母親が行方不明になってから、心に深い傷を抱えている。トラウマにより、母・里子(石田ひかり)の生まれ故郷で、彼女が消息を絶った場所である仙ノ浦を訪れることもかなわない。電車に乗り、仙ノ浦が近づくに連れて曇っていく表情。駅に降り立つとそこから一歩も動けず、普段は見えない朝顔の心の傷が表出する。
また、遺体を解剖するときの変貌も印象的だ。「教えてください。お願いします」と遺体に語りかけた瞬間に、日常パートでのナチュラルな空気感はどこへやら。朝顔は一瞬にしてきりっと引き締まった法医学者の顔になる。空気を一変させて、それまでほっこりしていた視聴者を手に汗握らせる展開へと導く演技の陰影が、上野の魅力ではないだろうか。
忘れがたいキャラクターを演じてきた20代
上野は今から20年前、当時15歳の時にNHKドラマ「生存 愛する娘のために」で女優デビューを果たした。その後、映画「ジョゼと虎と魚たち」(2003年)では17歳にして女子大生を演じ、なんとベッドシーンにも体当たりで挑んでいる。翌年、映画「スウィングガールズ」(2004年)ではジャズに青春をかける女子高生役で主演に抜擢され、未経験だったサックスを猛特訓の上、見事な演奏を披露した。女優魂おそるべし。
その何事にも手を抜かない姿勢は、代表作の一つであるドラマ「のだめカンタービレ」(フジテレビ系、2006年)でも活かされた。上野樹里が同作で演じたのは、だらしなくて、すぐに奇声をあげる超変人の音大生“のだめ”こと野田恵。
漫画原作ならではのエキセントリックな役柄だが、コミカルで愛らしい上野の演技は不思議と現実世界に馴染み、多くの人を魅了した。また、のだめは類まれな音楽センスを持つキャラクター。演奏シーンではプロによる音源が使用されているものの、本当にピアノを弾いているようにしか見えない。上野はこの時、完全に若きピアニスト・のだめとなっていた。
そのため、良くも悪くも定着した「上野樹里=のだめ」というイメージを、2年後に放送された「ラスト・フレンズ」(フジテレビ系、2008年)で脱却する。同作では、性同一性障害のモトクロス選手・岸本瑠可役を熱演。長澤まさみ演じる友人に思いを伝えられないもどかしさや戸惑い、微妙な心のひだを映し出す上野の演技は圧巻だった。この作品で「第57回ザテレビジョンドラマアカデミー賞」の助演女優賞をはじめ、数々の賞を受賞したのも納得だ。
その後、大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」(NHK、2011年)では、浅井長政の娘で江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の妻となる主人公・江の人生を6歳から共に歩んだ上野。全編を通して、時代に翻弄され、天真爛漫だった少女がたくましい女性へと変化していく様を見せてくれた。映画「陽だまりの彼女」(2013年)で演じた、どこかつかみ所のない不思議な空気感のヒロインも忘れがたい。