2022年6月3日に公開された「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」。「機動戦士ガンダム」では、いわくつきのエピソードだった第15話を、当時のアニメーションディレクターでもあった安彦良和監督が劇場版作品として翻案するという試みは、大きな反響と商業的な評価とともに受け入れられた。
全てを失ったひとりの少年が、初めて出会った土地と人々とふれあい、そしてひとつの決断を下す。少年にとって忘れえぬ日々を描いた本作は、「機動戦士ガンダム」のエピソードの中でも異色のヒューマンドラマとなった。その本作のパッケージ版(Blu-ray&DVD&4K UHD BD)の発売に合わせて、キャストとメインスタッフのみなさんに本作を振り返っていただくことができた。
名作は永遠に語り継がれる――。本特集後半の1回目は「機動戦士ガンダム」の主人公アムロ・レイ役を務めている声優・古谷徹さんに、本作に込めた思いやアムロ役に関わる喜びについて語っていただいた。
40年以上向かい合ったアムロ・レイというキャラクター
――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島(以下、「ククルス・ドアンの島」)」は公開後、とても大きな反響を呼びました。古谷さんはどんな手ごたえをお感じになりましたか。
古谷徹(以下、古谷):僕がお仕事をさせていただく取引先の方々にはガンダム世代がとても多いんです。みなさん「ククルス・ドアンの島」を待ちに待ったという感じでご覧くださって、口々に「良かった」と言ってくださったので、ほっとしました。とくに僕の声が43年前と全然変わってないとおっしゃってくださったのは嬉しかったですね。
――長編作品で15歳のアムロを演じるのは、実に43年ぶりとのことですが、あらためて少年アムロ・レイを演じる面白さや難しさをお聞かせください。
古谷:それこそ15歳のアムロはブランクがありながらも毎年のように様々なメディアで演じさせてもらってきたんですけど、今回のような長編、しっかりとストーリーのあるアニメーションというかたちは本当に久しぶりでした。僕が考える15歳のアムロの魅力とは、やっぱり純粋さなんです。「機動戦士ガンダム」を収録したころ、僕は25歳で。役を作るというよりも、自分自身の人生にとってはちょっと前の出来事を振り返るような感じがあって、あまり悩まずに自然体で演じることができたんです。当時、僕は他のアニメ作品では熱血ヒーローをやることが多かったのですが、「機動戦士ガンダム」のアムロはどこにでもいる純朴な少年で自分に近い印象があって、演じやすかったんです。そんなアムロを40数年ぶりに演じることになって、はたして当時と同じように演じることができるかなという不安が正直ありました。今回収録の前に、原作となる「機動戦士ガンダム」の第15話をもう一度見返してみて、いや、さすがに当時と同じようにはできないなと自分でも思ってしまったんです。
――自分自身の延長線上では今回のアムロは演じられないと感じられたわけですね。では、どんなアプローチをされたのでしょうか。
古谷:今の僕から見ると、やっぱり15歳の少年はまだまだ子どもなんです。だから、ゲームなどで15歳のアムロを演じる機会があるときは、無意識にあえて「少年っぽく、子どもっぽく」演じるようになっていました。たとえば、「殴ったね」というセリフを言うときは、ハイトーンになっていますし、たどたどしさも強調されていると思います。今回の「ククルス・ドアンの島」では戦闘慣れしていないアムロを細やかに演じなくてはいけない。ならば、その幼さを感じさせるアムロで良いんじゃないかな、と。むしろ、そういうたどたどしいアムロのほうが、作品に合っているんじゃないかと感じたんです。そうすることでドアンや子どもたちとの触れ合いの中で、ちょっとずつ成長していく部分が見せられるんじゃないかなと思いました。
――「機動戦士ガンダム」のアムロは戦争の中で急激に成長していきます。「ククルス・ドアンの島」の時点のアムロの成長度合いがどうなっているかもポイントですね。
古谷:そうですね。アフレコの前に、安彦監督が「ファーストガンダムの時系列とは、ちょっと違います」という説明をしてくださいました。地球に降下してきてジャブローに向かい、そこからヨーロッパ(オデッサ)へ向かっていく途中に、今回の舞台となる島があるということでした。
――ジャブローに寄ったから、スレッガー・ロウ中尉がホワイトベース隊に合流しているわけですね。それ以外に安彦監督からご説明はあったのでしょうか。
古谷:時系列の説明だけでしたね。そのあとは、アフレコ作業がスムーズに進みまして。最初以外に、安彦監督がご意見をくださったのは、島の地下基地でアムロが、ジオン兵をガンダムで踏みつぶしてしまうシーンだけでした。
――アムロの存在に気付いたジオン兵を、ガンダムで踏みつぶしてしまうシーンは衝撃的なシーンでした。
古谷:あのシーンは、さすがに僕自身もためらいがありましたし、アムロにはそういう事をして欲しくはなかったという気持ちもありました。だから、収録のときも迷いがあったんです。それで安彦さんからご説明を受けて、何度か録り直しをさせていただいたんです。
――あのシーンのアムロの心境を、古谷さんはどのように解釈していましたか。
古谷:このシーンに至るまでに、アムロはドアンや子どもたちと触れ合っているじゃないですか。ドアンは子どもたちと本当の親子のような生活をしていて。アムロはそこに突然入り込んでしまって、最初は子どもたちから敵視されて、本当に肩身の狭い思いをするわけだけど、様々なトラブルを解決することで、少しずつ距離を縮めていく。最終的に、アムロの存在が子どもたちに認められるようになり、信じあったり、判りあったりできるようになったわけです。そうなると、アムロもこの島を守りたいという強い気持ちが芽生えていて、敵が来たときにはその思いが強くなっていたんでしょうね。しかも、あの場にはマルコスがいましたからね。
――子どもたちもマルコスも、守るためにはやらざるを得なかったんですね。
古谷:アムロが決断しないと、マルコスも危ないかもしれない。子どもたちもどうなるかわからない。まさに苦渋の決断だったんだと思いますね。そして、その決断には、アムロの優しさがあったのだと思います。
15歳の少年アムロが出会う大人たちと子どもたち
――あらためて物語を振り返りまして、この作品はアムロがガンダムを失うところから始まります。アムロにとってガンダムとはどんな存在だったとお考えでしょうか。
古谷:やっぱり、相当心細くなったんじゃないでしょうか。そもそも、それなりに自信があったと思うんです。でも、ドアンのザクと戦って敗れてしまう。ショックだっただろうと思います。だけど、命は助かった。おそらく、翼をもがれたような気持ちだったと思います。だから、じっとしていられなくて、ガンダムを必死に探そうとします。でも、ドアンは心が広いから、そんなアムロを止めなかったし、むしろ食事を与えたり、水筒を貸したりしてくれた。全てを失ってしまったアムロにとって、そんなドアンの存在はきっとありがたかったし、だからこそアムロの心の壁が溶かされたんじゃないかと思いました。
――ククルス・ドアンという人物にはどんな印象をお持ちでしたか。
古谷:理想の大人の男性像です。強くて優しい、あれだけのモビルスーツの操縦技術を持っていながら、戦いの場を離れて、自分なりの生き方をしている。もちろん戦争中に子どもたちを傷つけてしまった責任を感じていたんだと思うのですが、敵である連邦軍からも、かつての自分の同僚たちからも狙われることがわかっていながら、たくさんの子どもたちを引き取る選択をしたのは本当にカッコいいと思いました。
――そういう男性だから、ガンダムのパイロットのアムロすら受け入れたんでしょうね。本作ではドアンの大人物ぶりと、ブライトさんの小人物ぶりが対比的に見えました(笑)
古谷:ブライトさんもすごく人間くさいじゃないですか。実際にこういう大人っているよな、って思える。アムロを叱ったあとに、裏でミライに「怒りすぎたかな」と反省していたりする。かわいい大人なんですよね。そういうキャラクターがたくさん出てくるのも安彦監督作品の魅力だと思います。
――今回、ドアンと共に暮らす、20人もの子どもたちが登場します。彼らをご覧になってどんな印象を持たれましたか。
古谷:やっぱり戦争の悲惨さっていうのを感じますよね。子どもたちをあのような状況にしてしまったのは、大人の責任だと思います。戦争に巻き込まれたことによって親を失ったり、暮らす場所を失ったりしてあの場にいるわけで。それは本当に辛いことだと思うんですが、あの島でいきいきとしている子どもたちの姿を見ていると、彼らはつくづくドアンに出会ってよかったなと思いました。
――ラストシーンでアムロはドアンのザクを海に投げ捨てます。あのアムロの決断を、あらためて古谷さんはどう受け止めましたか。
古谷:やっぱり島の子どもたちのことを考えたんだと思います。アムロにはこのままこの島にとどまりたいという気持ちもあったかもしれない。だけど、これまでいっしょに戦ってきたホワイトベースには、生死をともにしてきた仲間たちがいて、自分を必要としている。自分が去るからには戦いを終わらせないといけない。この戦いで、あの島が狙われる価値はもうなくなったわけじゃないですか。ジオン軍にとっても、連邦軍にとっても。あとは兵器であるドアンのザクがなくなれば、ドアンも穏やかに子どもたちと暮らしていけるだろうと考えたんでしょう。それで、ドアンには兵士という顔を捨ててほしいと。本当の意味での父親になってほしいという願いを込めた。だから、「戦いのにおいを消させてください」と言ったんだろうなと思いました。たぶん、お互いの健闘をたたえ合うような気持ちもあったんでしょうね。
細胞レベルにまで染み込んだアムロとともに向かうこの先は
――古谷さんは約40年以上、アムロ・レイという役を演じています。40年間、ひとつの役を変わらずに演じ続けるために、大事にしていることはどんなことでしょうか。
古谷:そうですね。現在の僕の本質は、アムロとは違うものになっていると思うんです。25歳の古谷徹が演じた15歳のアムロをもう一度再現するのは、年齢的にも難しい。先ほどお話したように、当時はアムロを子どもっぽく演じていませんし、声のトーンも高い声は使っていない。あらためて当時の映像を見ると、今の自分とは違うなと思うんです。だけど、こうやって15歳のアムロをずっとやっていられるのは、アムロの気持ちを理解できているからだと思うんです。無垢で未熟だけど、懸命に状況に対応しようとする気持ち。戦争に巻き込まれてしまったときの心情。それを我が事のように知っているから、それをトレースすればいい。そうすることで15歳のアムロになることができるんです。
――面白いです。アムロの本質を掴んでいらっしゃるから、いつでもアムロに還ることができる。アニメ作品はメインスタッフとキャスト以外は、1話ごとにスタッフが変わるから、シリーズを通じてキャラクターの統一感を出すのはキャストとメインキャストの力によるところが大きいと思いますが、古谷さんが本質を掴まれているからこそ、アムロという人物像が立ち上がってきたんでしょうね。
古谷:ありがとうございます。キャラクターをある程度の期間にわたって演じ続けると、自分の体験のように記憶に残っていくんです。不思議なんですけどね。細胞レベルで身体に染みわたる感覚がある。そうやって記憶に置き換わると、もう一度再現するときにすごくすんなりとよみがえってくるんです。
――アムロの体験は、古谷さんの記憶になっている。人馬一体といいますか、まさしくキャラクターと古谷さんが一体になっているんですね。
古谷:アムロという役は、僕にとってすごく大切な役です。そもそも僕はそれほど熱い男じゃない。でも、ありがたいことに「巨人の星」の星飛雄馬を演じたことで、熱血ヒーローの役をいただくことが増えて、いつしか熱血ヒーローから脱却したい、もっといろいろな役をやりたいというジレンマを当時感じていたんです。そんなときに、アムロに出会って、自分に近いキャラクターだなと思えた。すごく自然に演じることができて、自分の思いを込められたキャラクターでした。だからこそ、自分の記憶につながっているキャラクターになったのかもしれません。
――映画公開後、安彦監督とお話をすることはありましたか。
古谷:そうですね。取材でご一緒させていただくことがありました。そこでいろいろとお話をさせていただきました。
――安彦監督はアムロのキャラクターデザインをした、生みの親のひとりです。古谷さんにとって、安彦監督はどんな方なのでしょうか。
古谷:本当に才能をお持ちの方だと思います。お作りになっている作品も魅力的ですばらしい。すごい方ですし、尊敬しています。でも、お話をしていると、ビジネス的なことを一切忘れて本音で語ってくださるんです。とても失礼な言い方になるけれど、お話をしていると、すごくかわいいおじいちゃん、という印象がありました。好きになっちゃいましたね(笑)。
――たいへんな作品を作り終えられた安彦監督におかけしたい言葉があればお聞かせいただけますか。
古谷:「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」というシリーズはまだまだ映像化されていないエピソードがたくさんあり、本当はまだまだ映像化していただきたいと思っているんです。「ククルス・ドアンの島」の最初の舞台挨拶のときに安彦監督が「身体がしんどいから、これが最後の「ガンダム」になるだろう」とおっしゃっていたんです。それを聞いていたので、僕も15歳のアムロを演じるのは最後になるのかなと思っていたんです。けれど「ククルス・ドアンの島」でのアムロを演じてみて、完成した映像を見て、ファンの方々の反応を見ていると、もっと演じたいと感じたんです。だから……安彦監督のお身体も大事ではあるのですが、もしいろいろな条件が整ったら、安彦監督の映像作品をもう一度見たいなと思っています。
――そんな思いが込められた「ククルス・ドアンの島」はこれからも長く語り継がれるかと思います。これから、どんなふうにこの作品を観てほしいと思われていますか。
古谷:心を込めて演じたつもりですので、やっぱり一言一言のセリフを吟味して味わっていただきたいです。あの島にアムロがたどり着いて、子どもたちに次第に溶け込んでいく心の流れは、あらためて見ていただきたいところですし、畑の土を耕すシーンなど象徴的なシーンがあって。そこのセリフはどんな意味をしているのか考えていただけるとより深く作品を味わえるのかなと思います。あと、ドアンの立場からこの作品を見ると、きっともっといろいろな新しい発見があるのではないかと思います。ぜひ、「ククルス・ドアンの島」を何度もご覧いただきたいと思っています。
取材・文=志田英邦 写真=北島明(SPUTNIK)
スタイリング=安部賢輝
ヘアメイク=氏川千尋
※本記事は、エンタメ好きとしてチェックしておきたい話題の本やマンガ・アニメ、音楽情報をダ・ヴィンチwebの協力で掲載しています。
古谷徹(ふるや・とおる)
7月31日生まれ、神奈川県出身。代表作に「巨人の星」星飛雄馬役、「聖闘士星矢」ペガサス星矢役、「名探偵コナン」安室透役、「ONE PIECE」サボ役など。
KADOKAWA
発売日: 2017/02/25