2022年6月3日に公開された「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」。「機動戦士ガンダム」では、いわくつきのエピソードだった第15話を、当時のアニメーションディレクターでもあった安彦良和監督が劇場版作品として翻案するという試みは、大きな反響と商業的な評価とともに受け入れられた。
全てを失ったひとりの少年が、初めて出会った土地と人々とふれあい、そしてひとつの決断を下す。少年にとって忘れえぬ日々を描いた本作は、「機動戦士ガンダム」のエピソードの中でも異色のヒューマンドラマとなった。その本作のパッケージ版(Blu-ray&DVD&4K UHD BD)の発売に合わせて、キャストとメインスタッフのみなさんに本作を振り返っていただくことができた。
名作は永遠に語り継がれる――。本特集後編の3回目は「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」で色彩設計を担当した安部なぎささんにお話を伺った。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」から、安彦作品に関わる彼女にとって「ククルス・ドアンの島」の色味はどんなものだったのか。本作に込めた試行錯誤と思いを語っていただいた。
――安部さんは「機動戦士ガンダム THE ORIGIN(以下、THE ORIGIN)」にも色彩設計として参加されています。今回はどんな経緯で参加することになったのでしょうか。
安部なぎささん(以下、安部):「THE ORIGIN」のプロデューサーの谷口(理)さんや、制作進行だった福嶋(大策)さんとまたいっしょに仕事をしましょうとお話をしていたんです。そうしたら、福嶋さんが「ククルス・ドアンの島」のプロデューサーになられて。あるとき会議室に呼ばれて、この作品のお話を伺いました。なので「THE ORIGIN」の流れがありましたね。
――本作のキャラクターの色味も「THE ORIGIN」から受け継がれているものなのでしょうか。
安部:そうですね。はじめに「THE ORIGIN」のベースの色は踏襲しましょうという話がありました。「ククルス・ドアンの島」のノーマルボード(作品の基準となるライティングが描かれた背景)は出していただいて、そこに「THE ORIGIN」で作ったキャラクターを並べて、そのまま行けるかどうかをチェックしています。そのうえで「行けそうだ」ということで、「THE ORIGIN」のときに登場していたホワイトベースのクルーなどのキャラクターのノーマルカラー(キャラクターの基本となる色味)は「THE ORIGIN」のものを使っています。
――今回の原作はTVシリーズ「機動戦士ガンダム」の第15話です。こちらの色味は参考にされましたか。
安部:そうですね。「ククルス・ドアンの島」は「機動戦士ガンダム」の第15話がベースになっているので、ドアンたちの当時の色は大事にしたいなと思っていました。安彦(良和)さん(監督)は「昔にとらわれなくていいよ」とおっしゃるんですけど、やっぱり昔からのファンの方々もご覧になると思いますし、懐かしさが感じられるほうが良いなと思ったんです。セル画の雰囲気をしっかりと受け継ぎつつも、今の時代にも見やすいバランスになるように意識しました。懐かしいけど古臭くはないという絶妙なバランスになるように、自分の中では頑張っていました。
――具体的にどうやってセル画の雰囲気を作っていったのでしょうか。
安部:今のアニメーションの環境はデジタルがベースになっているので、使うことができる色数はほぼ無限と言っていいほど多くなりましたし、精細なところまで描き込むことができます。でも、セル画のころは使える色数も絵具の数しかありませんでした。そういった環境の変化を意識して、今回はあえて色数を減らしてノーマル色(キャラクター、メカ)を作っています。ただ、シーンにあわせて色替えをするときは、デジタル環境の強みである色数をふんだんにつかって、背景の色味にあわせて多彩な色を作っています。私自身もセルを経験していて、そのあとにデジタルに移行しているんですけど、ある種の制約の中で作っていくことが身体に染み付いているんですね。そういうセル時代の経験を、今回活かすことができたら良いなと思っていました。
――いわゆるシーン色、背景の色味にあわせたキャラクターの色味はかなりお作りになっていますよね。
安部:実はあらためてデータを数えてみたら、シーンの色替えだけで50個以上作っていました。夜といっても、ちょっと薄暗いとか、ちょっと明るいとか、かなり細かくキャラクターの色を作っていました。
――美術の金子(雄司)さんは美術を「登場人物たちの心象風景を表す」ように背景を描いたそうですね。
安部:とくに後半の夕方から夜になっていく流れは、微妙な時間経過やシーンの移り変わりが難しく、金子さん・安彦さんおふたりの解釈のすり合わせを明確にするために、金子さんが「絵コンテに色を付けてみましょうか」と提案してくださったんです。いわゆるカラーコンテですよね。それを見て、みんなストンと腑に落ちたという感じがありました。安彦さんもリアルさよりも、気持ち良さや雰囲気を優先するところがあるので、そこはすごく一致していたと思います。
安部:そうですね。やっぱり登場シーンに比例しますし、アムロだけが出ているシーンも多いので。アムロの色味(ノーマル)は「THE ORIGIN」のときに決めたものを使っているのですが、実はそのときに安彦さんとやり取りがあったんです。私はアムロが日本人のつもりで瞳を黒目にしていたんですが、安彦さんから茶色の髪で青い瞳で、という指示があって。西洋人の雰囲気で色をつけたんです。今回も同じ色味にしています。
――今回、新たに色を作ったのは初登場のキャラクター、ククルス・ドアンたちや連邦軍、ジオン軍のキャラクターたちということになるわけですね。
安部:第15話を見直したんですけど、ドアンの島に住む女の子(ロラン)の髪の毛がかなり奇抜な緑色だったんですよね。それはさすがにそのままの色味は難しいなと思ったので、今回のカーラの髪の毛の色は暗めの緑にしています。ただ、カーラもドアンもシャツの色などは受け継いでいて。そこは当時のファンの方々に楽しんでもらえればいいなと思っていました。
――子どもたちも20人いますね。
安部:この人数を初めて知ったときは、ちょっとショッキングでした(笑)。まず田村(篤)さん(キャラクターデザイン、総作画監督)のメモをいただきつつ、シナリオや絵コンテを読み込んで。それぞれのセリフや行動を解釈して、肌の色や髪の色、この子ならこんな色の服を着るかな?と色味を考えていきました。
――いろいろな年代、性別、人種の子どもがいますが、どんなところにこだわっていたのでしょうか。
安部:田村さんのキャラクターのメモは全員が細かく描かれていたわけではなくて「この子は色黒のイメージ」ぐらいの簡単なものだったんです。なので絵コンテのイメージからキャラクター性を考えていった部分が大きかったですね。中でも、金髪の子グイドのデザインが個人的に好きだったので、おしゃれな配色にしたいなと思いました。あと、靴ですね。
――子どもたちの靴ですか。
安部:そうなんです。子どもたちの靴ってカラフルじゃないですか。自分の子どもが小さい頃を思い出して、(「ククルス・ドアンの島」の子どもたちの中でも)小さな子の靴はカラフルな色のほうが良いかなとか、いろいろと考えながら色を作っていきました。ただし、20人が一度に出てくるカットもあるし、5人ずつ、3人ずつみたいな人数で出てくるところもあるので、色味がかぶらないように、そろえていくのが大変でした。ひとりの色味を変えると、ほかの19人の色味の配色のバランスが崩れてしまうので、色味のチェックのときは「一発OKになってくれよ」と祈りながら、20人を一度に提出しました(笑)。
――なるほど、ひとりの色を修正すると、ほかの人の色のバランスも直さないといけないわけですね。
安部:20人の全体の配色があるので、そのバランスがすごく大事でした。おかげで一度のチェックでOKをいただいたんですが、そのあとに着替えがあると聞いて……。
――たしかに、島に雨が降ったあとに、子どもたちがみんな着替えますね。
安部:そうなんですよ。上下が違う服になっている子もいれば、上着だけを変えている子もいるんです。そこもチェックのときに、ひとりリテイクが出ると全員直さなきゃいけなくなるので、とにかく慎重に色を決めて、一発でOKをもらえるように頑張りました(笑)。
――モビルスーツについても、安部さんが色を作っているのでしょうか。
安部:はい。世界観の統一ということも含めて、3D素材の色味も色彩設計が関わることが多いです。今回はカトキハジメさん(メカニカルデザイン)から原案を最初にいただきまして(※高機動型ザクは大河原さんの原案をベースにカトキさんがフィニッシュ)、その色に遵守しながら、ほかのキャラクターやメカと並んだ時に違和感がでないように調整していきました。その色彩設定に合わせて、3DCGモデルの色を決めてもらっています。
――ヤギのブランカについては安部さんが色味を決めていらっしゃるのでしょうか。
安部:そうですね。ピンクの鼻とか、ちょっとかわいらしい色にしています。目も黄色にしたりして、ちょっと面白い感じになりました。ブランカが口を開けた設定画がなかったので、副監督のイムさんからは「口の中はリアルなヤギの色にしてほしい」とリクエストされました。
――安彦監督と直接やりとりすることは多かったのでしょうか。
安部:「THE ORIGIN」のときは直接、安彦さんとお会いして色チェックをするということはほとんどなかったんですよ。初回に打ち合わせをさせていただき、あとはラッシュチェックのときにお会いするくらいで。色は、現場の監督である今西(隆志)さんと色を決め込んで、そのあとはチェックバックをいただくという感じでした。でも、「ククルス・ドアンの島」のときは安彦さんがリモートで打ち合わせをされるようになって、実際の画面を見ながら色を決めていくことが今回初めて具体的にできたんです。すごく楽しかったですし、コロナ禍でありながらも、さまざまなセクションの方々と意思疎通を取りながら作ることができた作品だったなと思っています。
――今回のお仕事をあらためて振り返って、手ごたえを感じているところはどちらでしょうか。
安部:記憶に残っているのは、夜に子どもたちがみんなで食事するシーンと、最後のクレーターのシーンです。食事のシーンは、部屋が薄暗いんですね。蝋燭のような灯りはあるんですけど、電気があるわけでもない。BG(背景)も薄暗いんです。でも、安彦さんが「机と子どもたちだけは、あえて明るくしてほしい」とおっしゃっていたんですよね。画面から浮いても良いから、子どもたちを明るくしてほしい、と。ご飯も美味しくみえるように、子どもたちも明るい光の下にいるように、色の演出をしています。あと、クレーターのシーンは光がかなり複雑で、影のある場所と影のない場所があったんです。子どもたちはクレーターの上側にある明るいところにいるのですが、モビルスーツは影のある場所とない場所を行き来して戦う。そこでモビルスーツの色味を2種類作って、場所に合わせて撮影さんに色味をオーバーラップしてもらって、ひとつのシーンの中で色替えをしていきました。本作の見せ場にふさわしい、とても贅沢な画面になっていますので、そこはやり切ることができて良かったです。
――「ククルス・ドアン」は長丁場のお仕事でもあったかと思うんですが、やり終えた!と思った瞬間はいつごろでしたか。
安部:実は……本当の最後の最後までこの作品に関わっていたんです。私が色彩設計をする場合、キャラクターやメカの色味を決めたら、あとは色指定検査さんに実作業をお任せしたあとはチェック作業に集中することが多いのですが、この作品ではV編(ビデオ編集、映像のフォーマットを決めるアニメの最終工程)の最後の方で時間的に色指定検査さんがバラされてしまったので、私が最後のデータを直接調整することになったんです。最後のカットは……たしか、洞窟の中でザクが水の中から出てくるカットだったかな。あと……戦艦から発射されるミサイルの煙の色の奥行きを出したいとリクエストがあって、そのカットを引き取ることになりました。あと島から発射されたミサイルの煙を大気圏と宇宙で印象を変えたいというリテイクがあって、そこも私が調整した……と思います。とにかく最後の最後まで作業をした覚えがあります。リモートチャットを立ち上げていると、どんどんリテイクが飛んでくるので、その日はずっと作業を続けていました。
――作業が終わったときは達成感がありましたか。
安部:うーんどうでしたかね。「お疲れ様です」と返事を送って、あとはバタッと寝てしまいました(笑)。
――ある意味で完全燃焼されたんですね。「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」はずっと語り継がれていく作品になるかと思います。制作を終えられて、この作品にどんな思いを抱かれていますか。
安部:この作品をご覧になった方は、ぜひ「THE ORIGIN」のIからVIまでとあわせて見ていただき、安彦ガンダムの世界を存分に味わってほしいです。私にとっては「THE ORIGIN」と「ククルス・ドアンの島」はとても大きな作品だと思っていて、別作品の監督さんからも「「THE ORIGIN」の色味が好きでした」と言われることがよくあるんです。なかなか「THE ORIGIN」と同じ色味を別作品でやることは難しいのですが、自分の仕事の信頼感につながっているんだなと感じています。今回の「ククルス・ドアンの島」も自分にとっての代表作として刻まれた感じがありますね。
取材・文=志田英邦
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