登場人物の心情とシンクロした背景 手描きだからこそできる居心地の良さとは――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」美術監督・金子雄司インタビュー

2023/01/29 17:00 配信

アニメ インタビュー

「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」(C)創通・サンライズ

2022年6月3日に公開された「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」。「機動戦士ガンダム」では、いわくつきのエピソードだった第15話を、当時のアニメーションディレクターでもあった安彦良和監督が劇場版作品として翻案するという試みは、大きな反響と商業的な評価とともに受け入れられた。

全てを失ったひとりの少年が、初めて出会った土地と人々とふれあい、そしてひとつの決断を下す。少年にとって忘れえぬ日々を描いた本作は、「機動戦士ガンダム」のエピソードの中でも異色のヒューマンドラマとなった。その本作のパッケージ版(Blu-ray&DVD&4K UHD BD)の発売に合わせて、キャストとメインスタッフのみなさんに本作を振り返っていただくことができた。

名作は永遠に語り継がれる――。本特集後編の4回目は「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」で美術監督を務めた金子雄司さんにお話を伺った。

アニメーションの技術の進化とともに失われていった手法を取り入れて


――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島(以下、ククルス・ドアンの島)が公開されてややお時間が経ちましたが、公開後の反響などはどのように感じましたか。

金子雄司さん(以下、金子):公開したときは無事に完成して良かったという気持ちでいっぱいでした。公開後は、懐かしい友達から「「ガンダム」を見ていたらお前の名前が出ていた」という連絡をいただいたんです。今回参加してくれていた背景スタッフの中にも公開後に知り合いから連絡があったという人がいて、これが国民的アニメというものなのかと驚きがありました。

――本作の手描きタッチが活かされた美術はとても印象的なものでした。あらためまして、今回の美術をどんなものにしようと考えていらしたのでしょうか。

金子:最初にお話をいただいたときは、ファースト(TVシリーズ「機動戦士ガンダム」)の印象があまりに強すぎたので、どうしたものかと悩みながら作業に入ったんです。私は1980年生まれなので「機動戦士ガンダム」がすでに放送されていて(「機動戦士ガンダム」は1979年4月放送)、幼いころに再放送で見ていたんですが、その存在が当たり前すぎて、疑問を持つこともないし、そういうものだと思っていたんですね。だから、触りようもないし、変えようもない。とくに今回は「機動戦士ガンダム」の第15話ということだったので個人的には「変えなくて良いものは変えない」という方向性でいきたいなと考えていました。無理やり新しいものにして、かしこまったものにするよりも、居心地の良いフィルムになってくれたらいいなと。

――「変えなくて良いものは変えない」ということは、「機動戦士ガンダム」の美術を受け継ぐということなのだと思いますが、当時の美術スタッフである中村光毅さん、東潤一さんのお仕事には、どのような印象をお持ちですか。

金子:当時のロボットアニメは時代的にも子どもが観るものという考えがあって、中村光毅さん、東潤一さんもはっきりした色づかいをして、子どもが見ても飽きないような美術を描かれていたんじゃないかと思います。モビルスーツのガンダムそのものも、子どもが好きそうなカラーリングで塗られていますし。当時の背景はポスターカラーで色を塗られていたのですが、ポスターカラーって油絵の画材などに比べると発色が良くはないんです。そういった画材を用いながら、なるべくカラフルな印象になるように描いてらっしゃったんじゃないかと思っています。

――そういう時代的な美術の手法に、今回はどのようにアプローチしているのでしょうか。

金子:ありがたいことに、安彦(良和)さん(監督)や総作画監督の田村(篤)さんからも「ファーストの印象は変えないようにしよう」という話をいただいていたので、当時の色づかいや美術の雰囲気を再現していこうと考えました。もしかしたら当時のスタッフの方々は「もっとリアルに描きたい」と思っていらしたのかもしれませんし、現在の技術ならばモニター(ホワイトベースのブリッジにある計器類など9の画面もリアルに描きこむこともできるんですが、今回は当時の雰囲気を出そうと。今回の「ククルス・ドアンの島」ではあえてモニターの下地を青い色のポスターカラーで塗っています。

――画材や手法面でも、当時の美術を受け継いでいるんですね。

金子:ポスターカラーは色数の制限があるので、デジタル彩色のようなシャープさを出すのは難しい。悪い言い方をすると、もっさりするんです。でも、そういうところを上手く使った、自然な色の階調を活かした背景を描けたんじゃないかと思っています。

――金子さんはこれまでもいろいろな作品で手描きの背景を描かれています。金子美術監督にとって、手描きの良さとはどんなところにあるのでしょうか。

金子:当事者としてはよくわかっていないところもあるのですが、個人的に手描きの背景のほうが好き、ということが最初にあります。アニメの制作全般がデジタル環境になっていくのは自然な流れだと思うんですけど、そもそも「(人が描いた)画が動く」ことがアニメーションなのだから、手描きの画のほうが説得力があるんじゃないかと思っているんですよ。あと、ここ十数年であちこちの制作現場がデジタル環境に移行したときに、一気に手描きで描く人がいなくなってしまったんですよね。誰かが意志をもって「続ける」ことをしないと、これまで培ってきたノウハウがあっという間に失われてしまうんだということを実感したので、手描きの美術を求めてくれる作品があれば、なるべく手描きで描かせてもらいたいなという気持ちでやっています。

――今回の美術では、布海苔(ふのり)を使ったイメージシーンの背景も描かれているそうですね。

金子:そうですね。この作品に関わることになったきっかけは、サンライズ(現バンダイフィルムワークス)で「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」のプロデューサーの谷口(理)さんに「ガンダムに興味ある?」って聞かれたことだったんですが、そのときから僕は「ぜひ、布海苔を使わせてほしい」と思っていました。布海苔は当時(70年代)のアニメでは、イメージシーンなどによく使われていた素材なんです。当時は、乾物屋で当たり前のように売っていて、食材として料理に使ったり、洗濯ノリに使ったりしていたそうです。隙間が多いたたみいわしをイメージしてもらうのが良いのかなと思うんですけど、その布海苔をマスクにしてエアブラシを吹き付けると、もやもやしたイメージシーンの背景になる。90年代以降のアニメがリアル指向になりイメージシーンが多用されなくなったことで、アニメーションの技術の進化とともに失われていった手法のひとつでもあると思うんですけど、今回はそれをやってみようと。それで布海苔を探したんですが、今は布海苔を扱っているお店がほとんどないんですね。調べに調べて、和服を染めるための布海苔を作っている工場を一か所だけ見つけて。そこに連絡を取って「アニメで布海苔を使いたいんだけど」という話をしたんです。そうしたら和服で染めるためのものだったので、畳一畳のサイズでしか販売していないと(笑)。それをB4ぐらいのサイズにカットしていただいて、それを最終的に20~30枚分購入しました。

――金子さんはこれまで関わられた作品で、布海苔を使われたことはあるんですか。

金子:「キルラキル」という作品をやっているときに、それこそジェットストリームアタック(「機動戦士ガンダム」のジオン軍の兵士たちが放つ必殺の攻撃)をパロディで描くシーンがあって、そのときにいっしょに作業をしていたベテランの背景スタッフの方が、布海苔を持っていらしたんです。それを使って「ジェットストリームアタック」のシーンを再現しまして、そのあとに自分で布海苔を購入していました。

――レガシーになりそうな技術を、金子さんが継承されていたんですね。

金子:いやいや先日「Gのレコンギスタ」を見ていたら、岡田(有章)さん(「Gのレコンギスタ」美術監督)がデジタルで布海苔ふうのイメージ背景を描いていらしたんです。さまざまなかたちで過去の技術は受け継がれているなと感じています。


舞台となる無人島も、本作にとって重要なキャラクターのひとつ


――今回、金子さんは打ち合わせのときに、絵コンテを彩色されていたそうですね。そうすることでどんなものを検証されていたのでしょうか。

金子:ひとつのカットには作画(キャラクター)やCG(メカ)、美術が混在しているわけですが、それぞれのカットで各セクションがどれくらい力を発揮しているかを把握したいと思ったんです。それで背景の部分に色を塗って、それぞれのカットがどれくらいの力加減になっているんだろうと。同時に、色を付けることで、どういうふうにフィルムが流れていくのかを掴みたいなと。具体的に言うと、爆発のときは力強い作画が入るので、背景は白くしてもいい。メカが遠くにいるときは、背景をしっかりと描くべきだろうと。そうやって全体の力加減を見るために、絵コンテに色を塗ったんです。

――「ククルス・ドアン」の舞台となる島(アレグランサ島)はクレーターと荒野ばかりのかなりシンプルな島です。この島をどのように描こうとお考えでしたか。

金子:リアルに描き込むということは頑張ればできてしまうものなのですが、今回は緻密に描きこむのではなく、どちらかというと登場人物たちの心象風景を表すような背景にできたらいいなと考えていました。自然光と島の風景が登場人物の心情とシンクロして、画面全体で物語を伝えられたら良いなと。安彦さんからも「島もキャラクターのひとつだ」と言われていたんです。だから、今、登場人物たちはどういう気持ちなのかということを大事にしていましたね。とくに今回は安彦さんの作品ということもあって「巨神ゴーグ」であったり、「アリオン」であったり……僕はとくに「アリオン」が好きなんですが、それらの美術監督の金子英俊さんが描いたような、乾いた雰囲気が出せたら良いなと思いながら描いていました。リアルさよりも、力強さを大事にしていたっと思います。

――登場人物たちのドラマを感じさせる背景ということですね。

金子:たとえば冒頭の夜の荒野は荒々しく見えるけど、そこから時間が経って昼間になると、打って変わってのどかで穏やかな風景に見える。やがて曇っていくと、波打ち際の岩がトゲトゲでささくれ立って見え、波が激しくなっていく。映画の展開に合わせて、風景を描いていきたいなと。最後のモビルスーツ同士の激突が始まるところでは、夕陽に包まれた空が現実にはありえないくらい、真っ赤に染まる。そうやって変化を見せていくことで、1本の映画として成立すれば良いなと意識していました。

――島には子どもたちが暮らす灯台がひとつだけ建っています。この灯台はどんな場所として描こうとお考えでしたか。

金子:「機動戦士ガンダム」の戦争は短い期間で行われているものなので、おそらくこの島で暮らす20人の子どもたちは、実際には短い期間しかあの島にいないんだろうなと思ったんです。ずいぶん長く暮らしているように見えるけれど、おそらく3カ月くらいしかあの島にいないんじゃないかと。でも、子どものころって、時間がすごく長く感じるものですよね。小学生のころなんて、一生小学生なんじゃないかと思うくらい、時間が長く感じる。だから、きっとあの島で暮らしている子どもたちは、ずいぶん長く暮らしている気分を抱いているんだろうと。そういう話を安彦さんやイム(・ガヒ)さん(副監督)ともして、実際よりも長く住んでいるような印象値で背景を描いています。


嬉しくなる、安彦監督のひと言


――劇中に登場するマ・クベの部屋に「いいもの」を置いたのは、金子さんのアイデアだと伺いました。あれはやはり必要なものだったのでしょうか。

金子:あったほうが良いだろうなと思ったんです。当初は美術設定を書いたときに、ランプを置いていたんです。でも、作画するときに、ランプの傘が邪魔になりそうだったので、ツボにしたんです。当初は適当なツボだったんですけど、だったら「いいもの」にすべきだろうと。ただ、設定上ではマ・クベが愛でているツボは2種類あるんですよね(第16話と第37話に登場)。時系列としては今回の「いいもの」のデザインであっているだろうと。プロデューサーの福嶋さんにお願いして、バンダイさんに確認を取ってもらいました。バンダイさんは過去に「いいもの」を商品化していたので、それが公式なのだろうと。それが「いいもの」が画面に映った経緯です。作品を楽しくするためなら、僕はそういうアイデアを入れることにあまり抵抗感のないほうなので、積極的に盛り込んでいきました。


――今回のお仕事をあらためて振り返って、手ごたえを感じているところや印象的だったカットは何ですか。

金子:ずっと悩みっぱなしだったんですが、わりと筆が軽く自由に作業をできたのが、ラストのガンダムがザクを投げるシーンでした。わりと勢いで岩や断崖を描いていて。やっと来るところまで来たのだなと、勢いで描いて言いと思い切ることができたシーンでした。もしかしたら、作品の心情に僕が没入していたのかもしれないです。

――安彦監督とやり取りをする中で、印象的に残っていることはありますか。

金子:今回はリモートではありますが、監督と直接打ち合わせをし、かなり長い時間お話をさせていただくことができました。そのときにボードに至る前の絵コンテを着彩したものなどを見ていただいたり、(美術)ボードをチェックしてもらったのですが、そのときにスタッフが意見を述べると、安彦さんが作品にどんどん取り入れてくださるんです。そういうときは、スタッフのどなたかが、なにがしかのアイデアを言ったときに、安彦さんが「それいただき」とおっしゃるんですね。安彦さんのそのひと言がすごく嬉しかったです。

――最後に、「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」はずっと語り継がれていく作品になるかと思います。今後、この作品に触れる人にどのように楽しんでほしいとお考えになっていますか。

金子:「機動戦士ガンダム」って面白いんだなと感じてもらえれば嬉しいです。この作品は大きなシリーズのひとつのピースでもあるので、この作品をきっかけに、いろいろな「ガンダム」を観ていただいても良いと思います。個人的には、デジタル環境が主流になった現在、手描きの美術の比率が高い作品を手がけることができて良かったなと思いますし、多くの方に手描きの美術の良さを感じてもらえると嬉しいです。

取材・文=志田英邦

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