ここ数年ほど、「時代の変わり目」を感じることはかつてなかった。いまだにパンデミックの傘の下にいて、すっきりしない気持ちが続いているのも理由の一つであるけれど、20世紀から活動を続けてきたアーティストの死去や引退があまりにも多いことも、「過渡期にいる感」を増幅させる。1960年代に人気を博した橋幸夫も歌手活動引退宣言をして“継承者”を探し、2022年のNHK紅白歌合戦がラスト・ライヴとなった加山雄三も今後は人前に出る機会がどのくらいあるか定かではない。海の向こうでは2018年にシンガーソングライター/ピアニストのエルトン・ジョンがライヴ活動からの撤退を宣言、「音楽活動は続ける」としながらも、多くのファンを切ない気持ちにさせた。あのきらびやかなピアノ・タッチと歌声と衣装、胸を打つラブソングの数々が、もうナマでは聴けないなんて…こんな時代だからこそ彼のエンターテインメント性がいっそう求められるであろうに。そこで今回は、幅広いエンタメに精通する音楽ジャーナリスト・原田和典氏が、エルトン・ジョンのすごさについて解説する。
エルトンの北米における最後のコンサートを約160分のドキュメンタリー仕立てにした「エルトン・ジョン・ライヴ:Farewell From Dodger Stadium」は、2022年秋にディズニープラスで配信され、ファンの熱い支持を得た。「ダニエル」「ユアソング(僕の歌は君の歌)」などに子どものころから親しみ、日本武道館公演(打楽器奏者レイ・クーパーとのデュオだった)に駆け付けたこともある筆者も飛びつくように見たけれど、少し残念だったのは日本語字幕が用意されていなかったことだ。
もちろん音楽ヲタなら知ってる単語がガンガン出てくるはずなので、さほど苦労せず見終わることができるはずだが、エルトンの音楽は決してヲタだけのものではない。老若男女が楽しめる、メロディアスで親しみやすく、深みのあるものである。だから、この1月にあらためて日本語字幕付き&4K UHDやHDR10などの高画質で配信されたことがうれしい。彼の語りやバーニー・トーピンの書いた歌詞世界が日本語で表現されるのがうれしい。それがきっかけになって、いろんな層の人の心の中にエルトンの花が咲けばいいと思う。
握手会のためにファンが同じアイテムを買い、売り上げが伸びてヒット曲連発…という時代が極東に来る数十年も前、ヒット一つ出すということは、あまりにも尊く、ハードルの高いことであった。その中でエルトンは長期間にわたってヒットを連発し、音楽そのものの力で世界を酔わせた。「ユアソング(僕の歌は君の歌)」、「クロコダイル・ロック」、映画「ライオン・キング」の主題歌「愛を感じて」などなど、曲名を見ていてもピンとこないという人は、身近なサイトでざっと聴いてみてほしい。
平成以降の生まれの方でも、たぶんイントロが飛び出して、歌の1番が終わるころには「この曲知ってる!」とか「お父さんやお母さんがよく聴いていた」的な、なんともいえない懐かしさにとらわれる確率は大だろう。事故死したダイアナ妃に捧げた「キャンドル・イン・ザ・ウィンド1997」は全世界で3700万枚を売り上げたという。あまりにも数が多過ぎてピンとこないという方には、「富士山は3776メートル」という事実が一つの基準になるはずだ。
「才人は才人を知る」といったところか、エルトンは多くのミュージシャンとデュエットすることを好み、しかもいずれも代表作と呼ぶにふさわしいクオリティーに仕上げている。ジョン・レノンとの「真夜中を突っ走れ」、キキ・ディーとの「恋のデュエット」(全英チャート1位)、ディオンヌ・ワーウィックらとの「愛のハーモニー」、ジョージ・マイケルとの「僕の瞳に小さな太陽」、思いっきり最近ではデュア・リパとの「コールド・ハート」もあった。
ほか、英国の伝説的ロックバンド“ザ・フー”の映画「トミー」への登場、黒人音楽(ソウル・ミュージック)を重点的に取り上げたテレビ番組「ソウル・トレイン」に出演した数少ない白人歌手であるという点も特筆したい。
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