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誤誤解解:エッセイ/小林私「私事ですが、」

2023/03/04 20:00

美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。

ビジュアル:小林私
ビジュアル:小林私


ふらりと立ち寄った本屋には独特な磁場が存在していて、それは、今日はあれとあれを買って、ついでに目についたものでも眺めよう、みたいな半計画的な所作にはないものだ。
なにせ目当てがないのだから、裏を返せば全てが目当ての本なのだ。
世界中にある全ての本はまず、知っている/知らないに二分される。その中から優先的に読みたい本がトップからランキングされていき、その上の方から見つけ、読む。ただそのランキングというのはなるたけ意識しておかないとすぐに頭から抜けてしまうもので、いつか読んでおきたい不朽の名作なんかは殿堂入りのような位置づけになっており、思い出す瞬間は本屋から出た後だったりする。

そもそも目当ての本を買いに行くという日の”目当て”というのは大概、新刊だ。SNSやニュースで発売を知り(もしくは今か今かと待ち構えていて)、スキップしながら買いに行く。「作家を応援するのなら新刊をすぐに買ったり、店頭で注文したりするとなんだか良いらしい」という話題を常に頭の片隅に置きながら、結局は自分が早く読みたいだけのエゴイズムがその勇み足に大きく寄与している。

そんな日はまず、目当ての本を手に取ってしまえば目的は達成される。さっさとレジに持っていけばよい。ただ、これは私の本当に悪癖というか、弱さなのだが、書店員というのは私の買い物に目を光らせている気がしてならない。

たとえばスーパーに行っても、店員に「にんじん、じゃがいも、豚肉、カレールー……今夜はカレーなんだろうな」と思われることに酷く怯えてしまい、全く関係のない1/4カットの大根やキャベツなんかをカゴに忍ばせてしまう。実際にその日はカレーを食べるし、カレーを食べるだろうと思われることに全く何の損もない。まして思ってもないかもしれない。

そう思えるのはあくまでスーパーやコンビニの店員の場合で、お野菜コーナーが大好きで人の買う野菜にも興味があります!という人には出会ったことも聞いたこともないからだ。
しかしこれを書店員に変換すると、本が大好きで人の買う本にも興味があります!となる。これは絶対にそうだろう。そうに違いない。そうでなきゃおかしい。書店員というものは、ただ一人の漏れなく、必ず、こちらが買う本を見て我々を品定めしているのだ!……と考えてしまう。

結果どうするかというと、なるべく目当ての本から遠そうなジャンルを足して買う。厚めのミステリが目当てだとしたら、軽めのエッセイ集や詩集なんかを混ぜたり、いかにも軽薄そうな表紙の漫画本を足したりして、店員から見たこちらの人格を固定させず、いかに認識させまいと試みる。
気付くと会計は、ちょっと凄いことになっていて、包んでもらった白だったり紺だったり赤茶の葉っぱ模様だったり、時には紙だったりする袋もパツパツになっている。
目当ての本が買えているのだから駄目って訳じゃないが、なにか失敗してしまった感は否めない。

更にマズいのが、前述した通り、ふらりと立ち寄った場合だ。これはまず、ふらりと立ち寄りましたヨという顔で入店する。ふうん、こんなとこにいいお店あったのネという顔だ。そして端から端まで眺める。勿論、目当ての本があったって出来ることなのだが、目的地のない旅ほどあれこれ見てしまうのと同じで、ランドマークがない分放浪出来る。いや、出来てしまうのだ。
幾分もしない間に気になる本が幾つも見つかる。一つを買おうかなと思って手に取ると、後は大変だ。書店員全員がこちらをじっと見ている。「あれを手に取ったぞ」「次は何を手に取るんだ」と声が聞こえてくるようだ。
実を言うと、いっそ一冊に済ませるのが最もベターだと思っている。点だけで人は人を判断しづらいが、それが複数あれば線となり形を成し、とても簡単にその人となりが見えてくる(ような気がしてしまう)からだ。

そうと分かっていながらも、ふらりと立ち寄った本屋に次に来ることなんて考えられないのだから、数冊は買いたい。何も無理して買っているわけでもない。あくまで気になる本ランキングの中から、なるべく一冊目から遠いもの、二冊目から遠いものを選んでいる。読みたいことに変わりはないのだ。ただ一つ一つの点をなるべく離したい。

今は自室で原稿を書いているわけだが、振り返ると本棚がある。私が実際に一つの本屋で買った並びがある。

「現代中国SFアンソロジー 折りたたみ北京」「教養としてのラテン語の授業」「線の冒険ーデザインの事件簿」「ひらやすみ」「土偶美術館」「生まれ出づる悩み」「カササギ殺人事件」「言葉の獣」......

どうだろう、これらの点は離れているように見えるだろうか。今改めて見返すと、さして遠くも近くもなく、結果として全く意味のない並びに見える。というか、なんというか「こういう人だな」という、そんな感じもする。
あの日の書店員に「こういう人だな」と思われていたのだろうか? 嫌だ。誤解を招きたくない。誤解を招かないようにした結果、誤解なく見られることも、それも誤解のように思える。

袋はどんどん重くなっている。

この記事はWEBザテレビジョン編集部が制作しています。

◆小林私「私事ですが、」過去の連載はこちら◆

●ダ・ヴィンチWeb
https://ddnavi.com/serial/kobayashi_watashi/

小林私連載まとめ
小林私(こばやし・わたし)
1999年1月18日、東京都あきる野市生まれ。
多摩美術大学在学時より、本格的に音楽活動をスタート。
シンガーソングライターとして、自身のYouTubeチャンネルを中心に、オリジナル曲やカバー曲を配信。チャンネル登録者数は14万人を超える。
2021年には1stアルバム「健康を患う」がタワレコメン年間アワードを受賞。
2022年3月に、自らが立ち上げたレーベルであるYUTAKANI RECORDSより、2ndアルバム「光を投げていた」をリリース。
Twitter:https://linktr.ee/kobayashiwatashi
Instagramhttps://www.instagram.com/yutakani_records/
YouTubehttps://www.youtube.com/channel/UCFDWRdFhAFyFOlmWMWYy2qQ/videos
YouTubehttps://www.youtube.com/channel/UCVu6WzEJ2ogy0OyCBANsyuQ/featured
HP:https://kobayashiwatashi.com/
光を投げていた
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