3月12日(※現地時間)に開催される「第95回アカデミー賞」授賞式まであと少し。日本ではまだ知らない人も多いであろう、短編映画賞にノミネートされた「無垢の瞳」について、幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が、本作の見どころを独自の視点からレビューする。(以下、ネタバレを含みます)
アカデミー賞授賞式がどんどん迫っている。世界的なアワードであるしステータスも相当なものだとは承知しているが、各部門の受賞作が何になろうがそれは結果であって「過程の楽しさ」を尊ぶ自分にとっては大した問題ではない。
地味で誠実な作品や着眼点のユニークな作品が、ノミネートされることでより多くの人の目に留まること、それが私の考えるところの「賞の意義」である。だからこそ「無垢の瞳」が短編映画賞にノミネートされたのは実にうれしい。
38分だから、私の感覚に照らし合わせると「ほぼLPレコード1枚分の尺」ということになる。LPがその中で山あり谷ありの展開で聴き手を引き付けるように、この映画も、モチーフがきっちりと詰まり、しかも同時にそれが息苦しさを感じない程度にほぐされてもいて、実に見応えがある。
第二次世界大戦中のカトリック系女子校を舞台に、クリスマスケーキを巡って描かれる、無邪気さと欲望と幻想の物語。原題の“Le Pupille”はラテン語の“Pupilla(小さな女の子)”に由来する。20世紀を代表するイタリア人作家エルサ・モランテが友人ゴッフレード・フォフィに送ったクリスマスの手紙から着想を得ている。
ラジオのアナウンサーが「イタリアの勝利」を興奮気味に告げる一方で、子どもたちは毎日を必死に生きているが、矛盾や疑問を愛想笑いでごまかすテクニックはまだ身に付けていない。ふと、ラジオからスウィング音楽が流れる。曲名は「Ba-Ba-Baciami Piccina」、イタリアのジャズ歌手アルベルト・ラバグリアティがイタリア参戦の年にあたる1940年にヒットさせたナンバーだ。愛を謳う歌詞、ダンサブルなリズム、覚えやすいメロディーは子どもたちを大いに喜ばせるが、シスターにとっては面白くない。兵隊さんがお国のために戦っているのに、何を浮かれているのだ、許せない!というわけだ。
そして、彼女は自らが正義とばかりに神の名を持ち出しては子どもたちを縛りつける。しかもこのシスター、労働者をさげすみ、動物を「命」とも思っていない。つまり人間としてダメだ。汚ねえ思いあがりだ。言い換えれば、映画の中で、憎まれ役を一手に引き受けているとも解釈できる。当然の要求をはねつけられた労働者がシスターに放つ捨てゼリフに、私はスカッとした。
その他、「ケーキ」「70個の卵」などもキーワードになっているように感じられたが、とにかくシスターが歪んだ正義感の下にまき散らす狡猾さが濃くなればなるほど、子どもたちの「常識性」も際立つというものだ。
ケーキのくだりでは、シスターにやられっ放しではない一人の少女の見事な“機転”も、思わずほっこりした。短編実写映画賞には本作含め5作品がノミネートされているが、個人的には「無垢の瞳」が受賞してほしいなあと、無垢な気持ちで願っている。
なお、「無垢の瞳」はディズニープラスで配信中。
◆文=原田和典
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