手話パフォーマー三浦剛、妻・忍足亜希子との出会いはリアル『silent』…「ドラマをきっかけに手話のイメージはかっこいいに変わった」

2023/04/22 09:00 配信

芸能一般 インタビュー

三浦剛撮影=梁瀬玉実

芸能事務所キューブ・リコモーションに所属し、演劇集団キャラメルボックスで劇団にも参加している俳優・三浦剛。手話パフォーマーとしての一面もあり、ライブ配信アプリ「17LIVE(イチナナ)」ではイチナナライバーとしてろう者と聴者の垣根を超えた配信を行なっている。5月3日(祝・水)には、安城市・三河安城 アンフォーレで「Music Sign ~手話ソングライブ~」を開催する。手話を始めたことをきっかけに妻である、ろう者の女優として活動している忍足亜希子と出会い、一度は振られてしまうが、偶然の再会を果たし夫婦となる。ろう者と聴者の両方の立場を理解する三浦に手話に対する世間のイメージを聞くと「手話を題材にしたドラマをきっかけに手話のイメージはかっこいいに変わった」と話し、「ろう者の人たちがいろいろな職業を目指せるようになるための架け橋になりたい」と手話パフォーマーとしての今後の目標も語ってもらった。また、妻・忍足亜希子とのリアル『silent』な出会いについても話を聞いた。

役者、手話パフォーマーとして活動する三浦剛…実兄は横浜DeNAベイスターズの監督三浦大輔


――はじめに、自己紹介をお願いします。

芸能事務所キューブ・リコモーションとキャラメルボックスという劇団にも所属し、役者として、ドラマ、舞台、手話パフォーマーとしても活動しています。一番わかりやすい自己紹介をすると、横浜DeNAベイスターズの監督を務める三浦大輔の弟になります。

――三浦(剛)さんも野球をやられていたとお聞きしました。

大阪の名門大学で野球をしていましたが、20歳になった時にプロの道は諦めました。ありがたいことに、社会人チームからはお声がかかっていたのですが、実家が長年続くお花屋さんを営んでいたので、30歳くらいまで野球をして、引退したらお花屋さんを継ぐレールが見えた瞬間に申し訳ないのですが「嫌だ…」と思ってしまい、プロの役者を目指し始めました。

三浦剛撮影=梁瀬玉実


生瀬勝久、橋本さとしの付き人をし、映像作品の勉強に励んだ下積み時代


――大学で野球をしている頃から役者への憧れがあったのでしょうか?

実は高校3年生の時に、地元の劇団からお誘いいただいたことがあり、大学に進学した後も、関西6大リーグで野球をしながら、奈良の「劇団MisU・SJr」で舞台もやっていました。

――野球の道から役者の道にステージを変更して苦戦したことはありましたか?

近藤真彦さん主演の『ドンウォリー!』(フジテレビ)でデビューしたのですが、やはり、三浦大輔の弟として取り上げられることが多く、自分の力の無さを実感しました。また、映像の世界は初めてでほとんどわからなかったので、先輩の生瀬勝久さん、橋本さとしさんの付き人をしながら勉強させていただきました。

――役者としてデビューしてからは舞台とは一度離れて、映像作品に集中したんですね。

ある程度1人でも食べていけるようになった時に、橋本さんから何か母体を持った方がいいとアドバイスをいただいて、2001年に演劇集団キャラメルボックスのオーディションを受けて、キャラメルボックスと事務所のキューブを両立していくことに決めました。

――現在手話パフォーマーとしても活動されています。手話パフォーマンスを始めたきっかけをお聞かせください。

2002年に行なったキャラメルボックスの舞台に、妻である忍足亜希子がゲストで出演してくれたことがきっかけです。亜希子がすごく魅力的で、舞台の休演日に思い切ってデートに誘いました。ですが、亜希子は生まれつきのろう者なので、メモを持ち出し筆談で会話をしようと思ったのですが、ここで筆談してしまったら、手話を覚える機会がなくなると思い亜希子に教えてもらいながら勉強し始めました。

三浦剛撮影=梁瀬玉実


関連番組