質の高い番組が突然変異みたいに生まれたりする。やっぱりテレビって面白いなと
──ところで、樋口さんは「ボクの妻と結婚してください。」(講談社刊)をはじめ、近年は小説も書かれています。放送作家と小説家のお仕事における共通点、また相違点はどんなところにあるのでしょうか?
「先ほども話しましたが、テレビはチームの仕事。一方、作家の仕事はあくまでも個人の作業なんですよ。小説は、考えて、書いて、まとめるまで、全て自分でやらなくちゃいけない。いわば、ディレクターの仕事も自分でやっている感じはすごくありますね。
ただ、テレビの仕事で培ってきた、ストーリー構成だとか、登場人物たちのやりとりの構成といったことは、小説に生かすことができる。そのハイブリッドの感覚は、テレビと小説の両方をやっている強みだと思います。例えば、『笑っていいとも!』(1982~2014年フジ系)の最終回って、とんねるずやダウンタウンといった、普段は共演するはずのない芸人さんたちが入り乱れて、伝説になりましたよね。当時はスタッフの一人として、『面白かったなぁ。いいもの見たなぁ』なんて単純に感動していたんですけど、あれって実は、司会のタモリさんが“俺が俺が”と前に出ず、みんなが出てきた瞬間にスッと空気になったからこそ成立した現象なんだということに、あるとき気付いたんですよね。で、その“透明人間”になれるタモリさんのすごさに気付けたのは、小説を書くようになってから身についた観察力のおかげだと思っていて。そんな風に、両方の仕事がお互いに良い形でフィードバックできているし、自分の中ではバランスが取れているのかなと思っています。…まぁ、大変は大変なんですけどね、放送作家の仕事の合間を縫って小説を書いてるので」
──「テレビが娯楽の王様ではなくなった」といった意見もささやかれる昨今ですが、樋口さんは今のテレビを取り巻く状況をどのようにご覧になっていますか?
「以前ほど視聴者が前向きにテレビを見ている時代ではない、ということは、自分の実感も含めて間違いのないところだと思うんですけど…。昨年、古舘さんが忠臣蔵の討ち入りを実況する『古舘トーキングヒストリー ~忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況~』(2016年テレビ朝日系)という特番に構成として参加したんですね。“古舘伊知郎が歴史を実況する”というコンセプトに僕もワクワクしたんですけど、いざ着手してみたら、効率の良さに重きを置いている今のテレビとは完全に逆行した作り方で、めちゃくちゃ大変だったんですよ。時代劇のパートの脚本家とも事細かにやりとりをしたし、しまいには『誰もが分かりきっている事実を実況しても面白くないんじゃないか』って、根底をくつがえすような意見も出てきたりして(笑)。でも、そうやってわれわれが熟考した末に作り上げたものを、本番で古舘さんの実況が軽々と越えていくんです。そのとき、『やっぱりテレビって面白いな』と改めて思ったんですよね。今や“効率よく”という作り方がルーティン化している中で、こういう手間暇をかけた質の高い番組が、突然変異みたいに生まれてきたりする。テレビもまだ捨てたもんじゃないぞ、と思ったんです。
だから今後も、われわれ作り手が、テレビでしかできないことをやろうという意識を忘れずに持っていれば、大丈夫なんじゃないかと。まぁ、自分の中で、それを意識できるだけの体力がまだ残っているから、そう思うのかもしれないけど。健康じゃなくなったら『テレビはもうダメだ』って言い出すかもしれませんけどね(笑)」