映画「空気人形」が現在公開中の是枝裕和監督。ドキュメンタリーの手法を巧みにフィクションに取り入れた作風で知られ、実際の事件を基にした「誰も知らない」('04年)では、主演の柳楽優弥にカンヌ国際映画祭最優秀男優賞をもたらすなど、海外でも高い評価を得ている監督の1人だ。このたび、1月にCS放送の日本映画専門チャンネルで彼の作品「歩いても 歩いても」('08年)のオンエアが決定した。長男の命日に集まった家族の1日の出来事を繊細なタッチでつづったホームドラマであるこの作品について、是枝監督に話を聞いた。
―――「誰も知らない」や「空気人形」と比べると、とてもシンプルな内容の、ごく普通の家庭の話ですね。この映画を撮ろうとしたきっかけは?
きっかけは母親が死んだこと。母が倒れてから亡くなるまで、姉と交代でお見舞いに行って、今日こんなことを話した、というのを書いた日誌が2年間でちょうど5冊ぐらいになった。これを基にして脚本書いてみようかなっていうのが最初ですね。実は「空気人形」の製作準備が始まってたんですけど、「非常に個人的な事情で申し訳ないんだけど、こういう映画がやりたい」って言って1年先に延ばしてもらったんです。
―――アドリブなんじゃないかな? と思わせるリアリティーのある演技やせりふが印象的です。ちゃんとした脚本はあったのでしょうか?
全員本読み(撮影前に、俳優たちが声を出して脚本を読み合わせ、演出プランを確認すること)をやってもらって、ビデオで撮影しました。それを聞き直して、その役者に合った言い回しとか、“てにをは”を変えていく作業をしたんですよね。それでセットができたところでもういっぺん動きながらやってもらって。そうすると、台所から居間にスイカを運びながら言うせりふとしては長いな、というのが見えてくるから、また削っていく。劇中での、原田芳雄さん演じる父親の「『昴』は演歌じゃないよな?」というせりふは、本読みしてるときに原田さんが台本に対して言った一言だったんですよ。
―――相当練り上げられたものなんですね。
ただ、子どもの使い方は「誰も知らない」のときと一緒で、台本は渡してないです。おばあちゃんの家に遊びに行った話だよ、っていうのしか伝えていないんですよ。だから現場で全部指示を出して動ける、反射神経のいい子を集めました。
―――母親役の樹木希林さんの存在感がすごいですね。あの役は監督のお母さまにかなり近い?
そうですね。
―――じゃあ、こういうふうにしてくれと樹木さんに細かく注文したのでしょうか?
いや、最初に話したのは、僕の母親を演じてもらうつもりはない、ということ。希林さんも「あなたの母親を演じるつもりはありませんから、それでいいですよね」って言って、そうしました。ただ、撮影が終わる直前に、「もし写真があったら持ってきて。あなたの母親をまねるつもりはないけれども、ちょっと見ておきたい」って言われたんですよ。で、3枚持っていってお見せしましたけど、それ以上はないです。でも、エッセンスとして僕の母親のひどいところが反映されていますね(笑)。
―――主演の阿部寛さんですが、バラエティー番組(「チンパンニュースチャンネル」、'06〜'07年にフジ系で放送)での阿部さんとチンパンジーの絡みを見て起用を決めたとか。
僕はだいたいキャスティングは直感で決めます。阿部さんは直感で絶対にできるだろうなって。でも本人にはチンパンジーを見て決めたとは言えない(笑)。撮影の途中で言ったら「(番組に)出て良かったー」と言ってましたけど。阿部さんはダンディーな方で、なかなか素が垣間見られるようなことがなかったんだけど、その番組はちょっと見えたんだよね。この人は意外と格好悪いところがいいかもしれない、この役にははまるなあ、と。
―――長女役のYOUさんと樹木さんとの絡みはとても自然でした。
YOUさんはせりふを覚えてこないんだよ(笑)。でも本番で何かをできなくてというのは全くない人で、バラエティーだと思ってやっている。バラエティーでは前の日に台本読んだりしないから、予習をしてせりふを覚えているという自分が嫌いなんだって。努力をしている自分が美しくないって。劇中、中庭のスイカ割りのシーンで、立ち上がって画面から消えた後で、「まだなのか?」ってYOUさんが一言アドリブで言うんです。
―――つぶやくように聞くんですよね?
その間はYOUさんに言わせると、バラエティー番組で「あと5秒でCM」と言われたときのその5秒をどう取るかっていう、そういう感覚なんですって。そのカット尻で自分が一言かましてCM流れると気持ちいい、と。
―――(笑)確かに絶妙なタイミングです。
ああいうところでYOUさんみたいな人がいないと固まったホームドラマになっちゃう。彼女は外す役、壊す役。固まっていくのを壊すのはやっぱり子どもとYOUさんっていう感じですよね。
―――ベテランの樹木さんとか原田さんが怒ったりしないんですか?「ちゃんとせりふ覚えてこないの?」とか。
怒られてましたけどね(笑)。原田さんは全然そんなこと言わない人なんだけど、希林さんは、「あなたね…(怒)」みたいな。
―――YOUさんはなんて返すんですか?
「え〜、だってあたし役者じゃないもん」って。
―――作品の中で一番気に入ってるせりふがあったら教えてください。
老夫婦がバス停で息子の家族を見送った後に、「次は正月か」って言う。息子の家族はバスの中で、「もう正月は(帰らなくて)いいよな」って言ってる。あそこ好きだな、残酷だけど。家族が訪ねてきても、楽しかったんだかどうだか分かんないじいさんが「次は正月か」って言うのはいいなあと思って。
―――おじいさんは全然家族の前にいませんでしたけど、でもみんな帰ってしまうと寂しい。
楽しかったんだ、この人はこの人なりに…ってそこがいいなあと。
―――この「歩いても 歩いても」を撮るにあたり、日本映画の黄金期を支えた名匠・成瀬巳喜男監督の作品を参考にしたそうですね。2月の日本映画専門チャンネルでは成瀬監督作品の特集があるのですが、こちらで監督のおすすめは何ですか?
「稲妻」('52年)かな。「浮雲」('55年)のような、いわゆる傑作ではない軽い小品かもしれないけど、僕は好きです。(母親役の)浦辺粂子がいいんだよね。
'10年1月10日(日)夜10:00-0:40 日本映画専門チャンネルで放送
※再放送あり
映画「稲妻」
'10年2月11日(木・祝)昼5:00-夜6:35 日本映画専門チャンネルで放送
※再放送あり
日本映画専門チャンネルHP
http://www.nihon-eiga.com/