コミックの映像化やドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回はyuiccoさんの漫画「#今日のむに描いた」を紹介する。作者であるyuiccoさんが2月22日にX(旧Twitter)に投稿したところ、1.4万件を超える「いいね」を寄せられた同作。アイドルのオタクが見せる推しを思う気持ちを描いたストーリーが大きな反響を呼んだ。本記事ではyuiccoさんに、作品のこだわりなどについてインタビューをおこなった。
最初は輪の外から、気付けば輝きに誘われて輪の中に
主人公の小出は、地下アイドルのライブ会場に務めていた。勤務中、ステージから一番遠いドリンクカウンターの内側から、ファン達を熱狂させるアイドル『angelight』のライブを見る小出。彼の視線は会場でたったひとり、メンバーの“むに”こと「ゆいいつむに」に釘付けとなっていた。魅入られるようにむにを見つめ、気付けばライブ会場のスタッフから彼女を推すオタクの1人となった小出。
学生時代の知り合いで同じ『angelight』のオタクである神田とライブ会場で再会した小出は、ファンとして感想をうまく伝えられないと相談する。すると神田からは、ファンアートを描くという提案が。小出は絵を描くことに情熱を燃やしていたという記憶からの言葉だったが、小出は学生時代の挫折から長らく置いていたスケッチブックを帰宅後に開いてみることに。
それからはむにのファンアートを夢中になって描き続ける小出。完成した力作をSNSに投稿すると、むに本人のアカウントからもいいねが付き、特典会で会えたむにから直接お礼を言われることもあった。描く喜びを取り戻しかけていた小出だったが、あるときダイレクトメッセージで小出を中傷する書き込みを見せつけられる。自分の描いたファンアートで誰かが嫌な思いをしているのだと知った小出。それでもむにへの気持ちを伝えるべくライブ会場へと向かい、その日のむにをスケッチブックに描き続けた。あるとき渾身の作品を特典会で直接むにに見せたところ、むにはまさかの表情を見せるのだった。
不器用ながら自分の“たったひとつ”を伝えようとする小出を描く展開に、SNSでは「アイドルとオタクって1対多に見えて、1対1なんだよ…」「今まで見た地下アイドルの漫画で一番解像度高い」「認知されたいとか絵を描けないオタクを出し抜きたくてファンアート描いてると思われたら嫌だよな」といった声が相次いでいる。
家族でも友達でも恋人でもない、アイドルという特別な存在
――本作を創作したきっかけや理由があればお教えください。
この作品は「唯一無二」をテーマに描いています。わたし自身も「唯」という名前で、幼い頃から母に「唯一無二の唯だよ」と、名前の由来を聞かされていました。大人になってから漠然と、その意味を考え続けてきました。
そんな中でわたし自身もアイドルを好きになって応援するようになり、応援しているグループ、二丁目の魁カミングアウトの「ひふみよ」という曲が発表され、衝撃を受けました。是非聴いてみてほしいのですが、終盤に「僕の一つだけ たった一つ どうか消えないでね」という詞があります。たったひとつの関係があること、たった一人の存在のこと、たったひとつの譲れないもの。私にとってのそれは何だろうと自問自答する日々のなかで、こい君のように「描く」という手段を使って、自分なりになにかを伝えられないかと構想し始めたのが去年の5月頃になります。
その後も本当に少しずつ、話作りや作業を進めていたのですが、仕事をして趣味をしての日々の中ではどうしても進まず…。思う通りに実行できない自分を歯がゆくも思いました。そんなときにわたしの推し(二丁目の魁カミングアウト ぺいにゃむにゃむさん)が去年の12月に、生誕ライブで、MC無しアンコール無し・ライブパフォーマンス全振りの24曲ノンストップの全身全霊のライブを見せてくれました。それが、言葉では言い表し難い格好良さだったんです。見てくれとかではなくて(それもだけど)生き様が…。ほんとうに、光っていました。
ライブの一番最後に、見たことのないような、ひとつのことをやりきった気持ち良い表情をしていて、それを見て「私もこうなりたい」「私もこの人みたいに表現することで人の心を動かしたい」と強く思うようになり、そこから1カ月半ほど、自由な時間をぜんぶ漫画制作に使って、少しずつ描き上げたのがこの作品です。
私はこれまで、趣味でファンアートやエッセイ漫画を描くことが多かったのですが、0から物語をつくるということは初めてのことでした。そのうえの苦労や驚きが果てしなくいくつもあり、何にも代えがたい楽しさも味わいました。読んでいただいた方はお気づきかもしれませんが、フィクションでありながら、こい君は私自身でもあります。それゆえに、感情移入しすぎて号泣しながら描いたところもありました。笑
自分のために描いた作品でもありながら、誰かの心になにかを残すものになっていたら嬉しいです。
――本作を描くうえでこだわった点や、「ここを見てほしい」というポイントがあればお教えください。
今はアイドルや「推し」を題材にした作品が多くなり、「推し活」などもすごくカジュアルな言葉になったと思います。
物語とは自由な世界なので、アイドルとオタクが例えば恋人になったり、懇意な関係になったりと、ある種オタクの妄想を具現化したファンタジー作品も多い中(それもすごく好きで、いくつも読んでいます!)、わたしはわたしの得た経験や感情をもとに、現実を描きたいと思いました。
わかりやすく便宜上「推し」と先にも書いていますが、わたしにとって一番しっくりくる表現は「家族でも友達でも恋人でもない、特別なたった一人の人が心に居るということ」それが推しです。あくまでわたしにとっての考え方になりますが、「推し活」ってわたしは今まで一度もしたことがないつもりで、自分の人生・日常の中に当たり前のようにそのたった一人がいるだけなんです。
そのことを伝えられたかはわからないのですが、「推し」のことを描いた作品だけど、一度もその言葉を使わないようにしました。投稿するときに「推し」という言葉を入れればもっとたくさんの人の目に留まるかもしれないと思いつつ…譲れませんでした。この話はどこにでもありふれた話ですが、むにとこい君はもちろん、ありとあらゆる応援する側・される側の関係はそれぞれ唯一無二のものだと思います。そこに共感したり、共感しなかったりしてもらえたら嬉しいです。
あとは、地下アイドルの現場のリアル感(かなり自信があります)や、好きだから応援しているはずなのに楽しいだけの感情だけでは終われない日々を、緻密に描きたくて。こい君が描いたむにのファンアートも、こい君から見た景色や情熱が伝わるようにとか。そうしてこだわっていたらすごく時間が掛かってしまったし、すごく長くなってしまいました…。その他にも細かく拘ったところがたくさんありますので、お時間のあるときに注目していただけたら幸いです。
――結果的にSNS時代の“出る杭は打たれる”対象となってしまった小出ですが、彼が気づかなかった称賛の声はあったのでしょうか。
どうなのでしょうか。作中ではむにがこい君のファンアートをいつも見てお守りにしている、と伝える描写がありますが…。
匿名掲示板で叩かれた後も、それだけでは筆を折らなかったかもしれませんが、こい君視点では結果的に一番大事な本人を泣かせてしまっているので、他者からの評価はもはや(批判も称賛も)関係なくなっているかもしれません。狭い界隈のオタク友達や神田君は、称賛かはわからないけど、見ていてくれたのではないかと思います。
――神田は小出のために一生懸命なシーンが多かったように思います。その原動力は何だったのでしょうか。
神田君は友達の概念です。彼は実際、わたしの友人がモデルになっています。ファミレスのシーンはほぼ「俺ら」でしかありません…。
趣味で繋がった友達というのは、同じ目的を持った同志でもあると思います。武道館のシーンではこい君ではない別の友人と連絡を取り合っていますが、本来とくに待ち合わせなどせず、現場があるから自然に集まって顔を合わせるようになる、みたいな。
平尾アウリ先生の「推しが武道館行ってくれたら死ぬ」の中で「オタクって会社の同僚ってかんじじゃん」と言い表されているのが、かなり的確です。同級生であったとしてもきっとそれは変わらないけど、彼は彼なりにこい君と同じ人達を好きでいて応援する日々を過ごして、結果的にあのような行動に出たのかもしれません。言葉が曖昧ですみません。私もびっくりしたのですが、制作を進めるうちにキャラクターが本来決めていたのと違う言動をするようになってきたんです。武道館のシーンはわたし自身も描いていて神田~!!になりましたし、ぐっときました。
神田君好きですと伝えてくれた方が多くて、私も好き!って思いました…。いつか彼の話も描きたいと思っています。
――特に印象的な終わり方でした。むに側の心情をあえて描写しなかった狙いはなんだったのでしょうか。
家族や友達や恋人だったら知り得ることであっても、アイドルとオタクは、冷たい言い方をすると金銭を介した一方的な関係です。
どうあがいてもアイドルからこちらに発せられた言葉は、お金を払って言われた言葉だし、また、オタク側が応援することを辞めたら、現場に行かなくなったら、簡単に終わらせることができる関係です。
ですが、わたしはその関係が劣ったものとは思っておらず、本当はどう思っているのかわからないからこそ、かけがえのないものだと信じています。
そのためにわたしが真実を描くことは簡単ですが、物語はラストシーン以外、一貫してオタク側の目線のみで、むにがなぜ泣いたか、どういう気持ちだったのかは最後まで知ることができません。それが一番の譲れないこだわりでしたが、それが良かったと言ってくださる方が多くて本当に嬉しかったです。
――今後の展望や目標をお教えください。
はじめに書いた理由で、とにかく描き上げることに一心不乱な日々でしたので、具体的には考えていなかったのですが、まず初めて「物語をつくる」ことをして、その喜びを知ってしまいました。
エッセイを描く上では知り得なかったことがたくさんあったのですが、一番の驚きはこい君やみんながもう既にわたしの中に生きているということです。ですからまたみんなに会いたいし、何か伝えたいことができたときに漫画を描きたいと思います。
いつも、漫画を描くために漫画を描くのではなく、猛烈になにか伝えたい想いができたときに描いています。それを受け取ってもらえたら嬉しいし、受け取れなくても嬉しいです。
今回の作品ですごく力が漲りました。
――作品を楽しみにしている読者へメッセージをお願いします。
まずは、70ページにも及ぶ長い作品を、あなたの大切な時間を使って読んでいただきありがとうございます。
感想をいただいた方の中には、ポジティブでない言葉もありました。ご自身に重ねられてグサッときたとか。ですが私はそれもリアルなものだとも思っています。10カ月以上わたしの中にだけあった物語が、人の目に触れて読んでいただくことで、初めて完成したような思いもあります。
心に何か残せたのなら嬉しいですし、また是非読んでもらえたら嬉しいです!