中世ヨーロッパを舞台に地動説の証明を追ったアニメ「チ。―地球の運動について―」(毎週土曜深夜11:45-0:10 、NHK総合/Netflix・ABEMAで配信)の放送が10月より始まり、話題を呼んでいる。ここまで第9話までが放送を終え、さまざまな意味で視聴者を驚かせてきた。静かなドラマゆえに決して歓声が上がるようなことはないが、視聴後は大きな余韻が押し寄せてくる。知的好奇心を刺激する地動説という宇宙論の証明と物語が置かれる世界観。そんな視聴者を引き付けてやまない本作の魅力を振り返る。(以降、ネタバレが含まれます)
知的好奇心を刺激する世界観と物語性
「チ。 ―地球の運動について―」は、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に2020年~22年に連載された魚豊による漫画のアニメ化作品だ。漫画は「第26回手塚治虫文化賞」のマンガ大賞に選ばれたことも話題になった。
アニメも第1話の放送から話題を呼んでいるが、まず引きつけられるのは、知的好奇心を刺激してやまない見事な物語性と世界観にあるだろう。舞台は15世紀のヨーロッパ某国。国教の聖書にある教えが絶対の真理である社会の姿と、それによる他思想の弾圧や迫害。そこに絡んでくる天動説と地動説という2つの宇宙論の話が大変興味深い、また、ロマンチックなイメージのある天文学が当時は国家、ひいては世界をひっくり返す爆弾だったという事実も先を知りたくなる面白さだ。
天動説から地動説への転換は、人類史上もっとも大きなパラダイムシフトの1つに数えられている。しかし、そもそも当時の天文学者は、自分たちが立つ大地(地球)が動いていることにどうして気づけたのか。それを科学の発展がない時代にどう立証したのか。飽くなき探究心を原動力に、真理を追い求めていく登場人物たちの姿に感嘆は止まらない。
作中では地動説が「世界を変える」異端思想として扱われているが、これは国教の聖書に地球は神が作った宇宙の中心にあると、天動説を肯定する解釈があったためだ。聖書は絶対の真理であり、それと一致する天動説を否定することは神の教えに反する行為として咎められていた。作中ではこのような宗教によって管理される当時のヨーロッパ社会の姿が、探究者を追い詰める異端審問官の存在をもって克明に描写されている。
ただ一方で、本作はパラレルワールドと言っていいフィクションである。第1話で火刑や拷問のシーンがあったように、異端への処断が当たり前にあった時代が現実には確かにある。しかし、地動説の研究者が残酷に弾圧されたというのは不確かな説でもある。それをあえて世界の形にしたことは原作者の魚豊も述べていることだ。
では、「それってなに?」と思う人もいるだろう。そうしたフィクションと史実の事柄はアニメを観て興味が湧けば調べればよいと思うし、視聴をきっかけに中世欧州史や天文学が知りたくなる虚実織り交ぜた作品性は非常に見事なものである。
「チ。」が含む意味と引き継がれていく重いドラマ
物語の流れに目を向けると、地動説の証明は第1章で登場する異端者フベルトから始まる。フベルトは研究により地球の運動にたどり着いた天文学者だが、その研究活動が教会に露見し、異端者として収監されていた男だ。そんなフベルトから教えられた地動説の可能性に、神学を学んでいた神童ラファウは感動で心を震わせる。地球は動いている――と。
今までの常識、価値観を一撃で塗り替える衝撃に、人は人生でどれほど出会うことができるだろうか。自身を振り返ることで、ラファウが受けた衝撃の大きさを推しはかることができるというものだ。しかし、フベルトの死後、研究を受け継いだラファウもまた第3話にして、己の信念を貫いた末に壮絶な死を遂げる。
ラファウが成長と共に地動説を証明していく、と思われた直後の出来事だ。そしてラファウが密かに隠し遺していた地動説の研究資料は10年の時を経て、第2章の人物たちに受け継がれていく。人の死があるため「面白い」というのは不謹慎かもしれないが、早々に起こった主人公の交代劇はショッキングであると同時に強く引き込まれていくドラマであるのは間違いない。
先人が遺した地動説の研究資料は知識の継承となって、次代の探究者が更新をしていく。次代が受け取った“知”の遺産は先人が命を賭けた想いの塊でもあるため、息が詰まるように胸に響く。また、この“知”の継承は学問の体系が成っていくさまを見るような面白さ、感動も秘めている。
第9話を終えて、今地動説の証明は、バデーニに託されている。実際の史実に照らし合わせれば地動説が大成するのはもう少し先の話であるため、この先どんな動きがあるのか予断を許さない状況と言えるだろう。世界が変わるその瞬間まで、探究者たちの行動を見続けていきたい。
なお、ABEMAでは「チ。 ―地球の運動について―」第1話~第9話まで全話無料で視聴可能だ。
◆文=鈴木康道