
松本潤主演の日曜劇場「19番目のカルテ」(毎週日曜夜9:00-9:54、TBS系/TVerにて配信)は、新たに専門医制度に加わった「総合診療科」をテーマにした医療ヒューマンドラマ。いよいよ最終章に突入した本作の魅力を、改めて紐解いてみたい。
受診科選びって難しい!
「風邪症状が喉から上だけなら耳鼻科、下まで広がれば小児科」
子育てをしていると、驚くほど医療知識が増えていく。保育園に通えば、子どもは次から次へと感染症をもらい、親は否応なく実地で学ばされるのだ。この知恵も、そのひとつ。今でも判断基準として、非常に役立っている。
ただし、そうした知恵でカバーできるのは軽い症状までだ。たとえば、もし離れて暮らす年老いた親が、複数の不調を一度に訴えてきたらどうだろう。とりあえず「この科かな」と受診しても、診断がつかずに他科に回されることもある。体力の落ちた親を連れ、仕事や家庭をやりくりしながら何度も病院を渡り歩くことを想像すると、気が重くなる。そもそも、素人が正しい受診科を選べる自信もない。
「誰に助けを求めればいいのかわからない」――そんな不安に応えてくれるのが、本作で描かれている“総合診療医”だ。
時代が求めるドクター、総合診療医
総合診療医は、老若男女を問わず、あらゆる症状を診る医師だ。患者の声に耳を傾け、全身を診察し、生活や人生に寄り添いながら原因を探る。専門分化が進んだ現代医療にあって、総合診療は逆に“全体をつなぐ”役割を担っている。
その姿を体現するのが、主人公・徳重晃(松本)。柔らかな笑みを浮かべつつ、どこか本心が読めないミステリアスな存在感が印象的だ。そして「何でも治せるお医者さん」を目指して、徳重のもとで学ぶ若手医師・滝野みずき役を演じるのが小芝風花。
二人を中心に、魚虎総合病院の個性豊かなスタッフや、毎回訪れる患者と家族の物語が解きほぐされていく。
小芝風花の“誠実すぎる”若手医師
患者の物語が1話ごとに描かれる一方で、作品全体を貫くストーリーがある。そのひとつが、滝野の成長物語だ。
彼女を演じる小芝風花の芝居が、抜群にいい。愛想笑いを振りまけない不器用さ、眉間にしわを寄せてしまう生真面目さ。腰かけるときは脚を軽く開き、肘も外側へ張り、膝の上の手は握りこぶしの一歩手前。その姿勢には、頑固なまでの誠実さがにじむ。
未熟な己を恥じている――そんな痛切な感情が端々から伝わってくる。それでいて、思わずこぼす言葉からは、医師としてのピュアな情熱がほとばしる。セリフひとつ、仕草ひとつで、キャラクターの骨格を描き出す芝居に舌を巻く。
効率を重んじる上司のもとでは、患者の話をじっくり聞くことを諦めていた彼女。だが徳重のもとでは、患者を“疾患の持ち主”ではなく“人生を生きてきた人”として見つめ、真正面から向き合っていく。その表情には、医師という仕事への喜びが満ちている。
師の教えを継ぐ、松本潤のまなざし
そして徳重自身もまた、導き手であるだけではない。第7話では恩師・赤池医師(田中泯)との関わりが描かれた。
離島の診療所で住民に寄り添ってきた赤池は、橋の開通を機に閉院を決意。夏休みを取って訪ねた徳重は、恩師のわずかな仕草や呼吸に目を止め、黙って様子を見守る。かつて「患者は時に、嘘をつく」と教えてくれた赤池との時間は、まるで卒業試験のようだ。
第7話ラストでは、黙ったまま愛弟子と別れようとする赤池に、いつも柔和な徳重の表情が変わる。熱情を湛えて黒々と光る瞳に映し出されたのは、徳重というキャラクターの深みと本質。恩師の教えを継いだ“総合診療医”として、患者になった赤池に、彼はどう向き合うのだろうか。
ドラマが描く医療のリアル
「19番目のカルテ」には、いまの日本の医療と社会が直面する課題が、数多く散りばめられている。
経営問題や人材不足で、首都圏ですら産婦人科や小児科が不足し、地方ではなおさら深刻化している現実。検査に異常がなく、確たる病名がつかなければ、明らかな体調不良も「気持ちの問題」にされてしまう風潮。ライフスタイルの変化で死と向き合う機会が減り、看取りが難しくなった現代社会。
それでも本作は、ただ重苦しいだけの物語にはならない。「理想を諦めたくない」と、総合診療医たちが照らす小さな光が、登場人物の人生を、そして観る者の心を確かに温めるからだ。
いよいよ迎える最終話で、その光はどんな未来を照らすのか、ぜひ見届けてほしい。
■文/熊倉久枝
この記事はWEBザテレビジョン編集部が制作しています。




























