凛とした佇まいで、目を引く。それでいて、飾りけのないお茶目さを持ち合わせている稀有な女優だ。
そんな北川景子が、今年「西郷どん」(NHK総合ほか)で、大河ドラマ初出演を果たす。意外にも、NHKのドラマ自体初めてだという。彼女が演じるのは、“運命に翻弄される姫君”の篤姫。篤姫といえば、やはり大河ドラマ「篤姫」('08年)で宮崎あおいが演じたのが記憶に新しい。だが、もちろん「西郷どん」の篤姫はそれとは違うものだろう。元気はつらつで勝ち気な部分を持った、北川景子流の篤姫になるはずだ。
北川景子がデビューしたのは17歳のとき。事務所にスカウトされ、雑誌「Seventeen」のモデルオーディションを受けると合格。さらに同時期、彼女の運命を変えることになる実写ドラマ版「美少女戦士セーラームーン」(CBC)のオーディションに参加する。このオーディションには一芸披露の要項があった。だが、北川はつい数日前まで普通の高校生。全く一芸などなかった。母親に相談すると「なんかはあるやろ。家中探そう」と探し出したのがなぜかサツマイモ。これで芋版を彫ったらいいと言うのだ。もちろん、そんなことはしたことはなかったが、授業で使った彫刻刀を持参してオーディションに向かった。他の参加者を見渡すと、新体操やダンス、歌がうまかったりと一芸がある子たちばかり。そんな中で、「芋版を彫ります」と突然正座した彼女の姿はあまりに鮮烈だっただろう。何を彫るのかも決めていなかった北川はその場で相手の名前を訊き、それを彫ることに。彼女がスゴかったのは、ただ彫るだけではなく、その作業中、ずっと「私は神戸出身なんですけど、このイモは鹿児島ですよねー、神戸といえば、神戸牛がありますけど牛肉は彫れませんよねー」などと適当なことを喋り続けたことだ。結果、5人のセーラー戦士のひとり、火野レイ・セーラーマーズ役に見事合格した。
北川は「私ってすごく才能があるのかな」と思ったという。なにしろ、事務所に入ったばかりで立て続けに有名雑誌のモデル、連続ドラマのメインキャストに抜擢されたのだから、そんな風に思っても無理はない。けれど、そんな自信は、ドラマの撮影に入ると無残に打ち砕かれた。
特撮ドラマといえば、監督が厳しいことが常。それどころか、現場の要であるカメラマンなどのベテランスタッフは監督よりも厳しいことが少なくない。そんなスタッフらに「演技ができないなら帰れ!」などと辛辣な言葉を浴びせられる日々が続いた。やるんじゃなかった、と精神状態はどん底。けれど、もうデビューをしてしまった。引くに引けない。今更地元に帰るわけにはいかなかった。彼女は持ち前の負けん気で努力を重ねていった。
「高校生ながらすごいオーラをまとってて。なんか“すごい人がいる”という感じでした」(「土曜スタジオパーク」’17年12/31放送、NHK総合)
同じくセーラー戦士のセーラーマーキュリーとして共演した泉里香(当時・浜千咲)は、北川の印象をそう語り、表では努力を見せないのに、日々、驚くほど上達していっていたことを証言している。北川は学生時代から極度の心配性だった。試験がある前は、1カ月以上前から勉強を始め、前日になると眠れなくなった。努力し尽しても不安が消えないのだ。それは今でも変わらないという。ドラマの収録に入ると3カ月間眠れない日々が続く。「西郷どん」でも方言のテープをわずかな空き時間でも聞き続ける。そうしないと不安でたまらないのだ。
セーラームーンは、他の多くの特撮ドラマと違い、“変身”しても素顔のままだ。だから、必然的にアクションのほとんどを自ら演じなければならない。生傷も絶えなかった。ある日の収録で“事件”が起こる。リハーサル中、敵役の妖魔と強くぶつかってしまったのだ。「手がなくなった!」と思った。“外れた”状態になり手の感覚がなくなってしまった。すぐに病院に行かないといけない状態だが、この後、本番もある。彼女はスタッフに何も言わず、強引に自分で外れた腕を元に戻し、本番を行ったのだ。
極度の心配性で努力家。その一方で、いざ本番になると、自身が抱えていた不安がウソのように、負けん気の強さと思い切りの良さを発揮する。それが、北川景子の凛とした佇まいの正体なのだ。
(文・てれびのスキマ)
◆てれびのスキマ=本名:戸部田誠(とべた・まこと) 1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『1989年のテレビっ子』、『タモリ学』、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか』、『コントに捧げた内村光良の怒り』など多数。雑誌「週刊SPA!」「TV Bros.」、WEBメディア「日刊サイゾー」「cakes」などでテレビに関する連載も多数。2017年より「月刊ザテレビジョン」にて、人気・話題の芸能人について考察する新連載「芸能百花」がスタート
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