NHK Eテレにて放送中の、アーティスト・井上涼による独特の世界観が楽しい「びじゅチューン!」(毎週水曜夜7:50-7:55)。歌とアニメーションで世界的に有名な美術作品を紹介していく同番組は、美術ファンのみならず幅広い世代に支持されている。
「びじゅチューン!」のプロデューサーを務めるのは、これまで数多くの美術番組を担当してきた倉森京子氏。国内外の名作を知り尽くした“美術のスペシャリスト”が放つ、この“異色作”に込められた思いとは? 知られざる制作秘話や、想像を超えた反響で大きなムーブメントになりつつある同番組の今後、そして、NHKが12月から本放送を開始する4K・8Kの魅力など、気になるテーマについて語ってもらった。
「日曜美術館」の視聴につながる番組を
――「びじゅチューン!」を制作することになったいきさつを教えてください。
私は「日曜美術館」(NHK Eテレ、毎週日曜朝9:00-10:00)も担当しているのですが、40年以上続いているいい番組で皆さん存在は知っているのに、「最近、見た?」って聞くと口をつぐまれることがよくあります。それがすごく残念で、もっとたくさんの人に見ていただきたいという思いが強くありました。
どうすれば興味を持ってもらえるんだろうって考えていた時に、「テクネ 映像の教室」という番組で井上涼さんに出会ったんです。声を掛けると、幸いなことに井上さんが美術をテーマにした番組作りに興味を持ってくださったので、「日曜美術館」の視聴につながるような番組を作ることになりました。
――歌とアニメで美術作品を紹介するコンセプトは、分かりやすくて楽しいですね。
まず、一緒に取り上げる絵を決めて、井上さんが物語を考えるというパターンで作っています。最初は「ヴィーナスの誕生」と「風神雷神図屏風」というお題を渡したんですが、井上さんはこちら気持ちを的確すぎるほど的確に受け取って、ものすごく面白いプランを持ってきてくれて。「これは美術への入口になるような番組ができる…!」と思いました。
井上涼さんの発想力に脱帽!
――井上さんの歌とアニメーションは、一度触れたらクセになる独特の世界観です!
アニメもそうですし、メロディーも耳に残るんですけど、井上さんの魅力は何といっても発想力。“風神雷神図屏風”を見て、風神と雷神がデートの待ち合わせ場所に急行しているなんていうアイデア、私には絶対浮かびません(笑)。私の場合、どうしても絵の知識ばかりが先に出てしまいますから。
井上さんは展覧会に行くようなタイプではなかったんですけど、一枚の絵を前にしてこんなにも面白い見方ができるのかと驚きました。私は絵そのものをちゃんと見ていないんじゃないか…と、考えさせられることが多いです。
――確かに発想がユニークですよね。
その一方で、井上さんは会社勤めを経験しているからか、毎回必ずわれわれ美術班のアーカイブに作品の資料提供を依頼したりする真面目なところもあるんです。「モナ・リザ」のときは“スフマートでぼかされた”とか、「風神雷神図屏風」では“たらしこみ”なんていう、普通は知らないような専門用語が入っていますよね。
確か2年前の大学入試センター試験に、番組のファンだったら簡単に解けるような問題が出題されたんです。それは、井上さんの勉強熱心なところが作品に反映されているからこそ。おそらく、問題を考えた先生の中に「びじゅチューン!」好きの方がいらっしゃったのではと、うれしくなりました(笑)。
そして、展覧会へ!
――テーマとなる作品は、どのように選んでいるのですか?
3回分をセットにして、日本の絵画と他の国の絵画を一枚ずつ、そして、建築や彫刻といった立体作品を一つ、といった感じでバランスを考えています。そのおかげで、日本の作品だけでも展覧会(※後述の「親と子のギャラリー トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」)が開けるぐらいの点数が貯まりました。それは、西洋の作品にも同じことが言えます。
――5分間という放送尺については、どう思われていますか?
井上さんのメロディーは確実に耳に残るし、2回くらいフルコーラスで流せたらいいなと思っているので、ちょうどいい長さかなと。10分や15分っていう放送時間も考えたんですけど、5分ぐらいで凝縮して作る方がこの番組には合っているような気がします。
――視聴者層については、意識されているのでしょうか?
もちろん、皆さんに見ていただきたいということが前提。ただ、井上さんのファンは20代から30代の働く女性が多いんです。そういう人たちって行動的なので、美術館に足を運んでもらえるようにと考えていますね。
それから、井上さんの歌詞には働いている人たちを応援する思いが込められているので、毎日一生懸命に頑張っている世代に見てほしいですね。
――今後、番組でやってみたいことはありますか?
最初のころは、DVDブックを一冊出して、コンサートができたらいいなと思っていたんです。それが、DVDブックは既に4冊出版していて、どれも増刷。番組グッズも売り切れが続出しているらしいので…。次は何を目指しましょう?(笑)
――今年の夏は、東京国立博物館で展覧会「親と子のギャラリー トーハク×びじゅチューン! なりきり日本美術館」も開催されました。
まさか、東京国立博物館とコラボ企画ができるなんて思っていませんでした。今後は地方に巡回して、より多くの人に楽しんでもらえたらいいなと画策しています。海外への展開も面白いかなと思っていますけど、韻を踏んでいたり、独特のニュアンスが含まれている井上さんの日本語の歌詞が、他の国の言語になった時にどこまで伝わるのか。そこが課題でまだ踏み切れていません。
とにかく、「びじゅチューン!」は思いもよらない展開を見せているので、番組を見て美術に関心を持ったり、美術館に足を運ぶ人が一人でも増えてくれたらうれしいですね。絵を見たり展覧会に行くということが、誰かの人生を豊かにするツールの一つになればいいなと思っています。
毎週水曜 夜7:50-7:55
NHK Eテレで放送中