昭和→平成→令和!人々を楽しませ続けた“テレビの進化”を振り返る!!<今昔TV回想記>PR

2019/04/05 06:00 配信

芸能一般

 

 

4月1日、新元号が「令和」になると発表された。30年以上続いた「平成」が終わりを迎える。昭和から平成、平成から新しい元号に代わるにあたり、人々は多くの歴史的瞬間やイベントを、テレビを通して目撃してきた。

今回は、白黒テレビの放送から始まり、より高画質化が進められていったテレビの技術を「カラー化」や「ハイビジョン」、そしてやがて新時代のスタンダードになっていくであろう「4K」の観点から振り返る。

プロレスに熱中していた白黒テレビ創成期

※画像はイメージです/Unsplash

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日本のテレビの歴史は太平洋戦争以前に遡る。高柳健次郎博士が世界初の電子式テレビジョンの開発に成功したのは、昭和が始まった1926年のこと。その後1939(昭和14)年から1941(昭和16)年にかけて行われたテレビ受像公開実験では、NHK技術研究所で実験放送に成功するものの、戦争によって一旦その歩みを止めることとなる。

戦後の復興の中で、いよいよテレビの本放送に向けての動きが活発化する。1948(昭和23)年には戦後初の公開実験が実施され、1953(昭和28)年2月1日、ついにテレビの本放送が開始された。

当時テレビで人気を博していたのがプロレスラー・力道山だ。テレビの本放送の翌年1954(昭和29)年に行われた日本初の国際プロレス試合「力道山・木村政彦組対シャープ兄弟組」のタッグマッチはテレビで生中継され、街頭テレビの前では多くの人々が試合に熱中していたという。

当時の白黒テレビの価格は約30万円。サラリーマンの月給が3万円と言われた時代にあっては、まさに超高級家電。しかし、好景気に沸いた昭和30年代には、冷蔵庫、洗濯機に並んで白黒テレビが「三種の神器」の1つに数えられるまでに普及していった。

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