映画通スピードワゴン小沢一敬「言葉のセンスがめちゃくちゃいい」ー“ヒトラーから世界を救った男”チャーチルを語る
──では今回も、そんな素晴らしい作品の中から、小沢さんがシビれた名セリフを選んでいただきたいのですが。
小沢「いくつもあるんだけどさ。まず好きなセリフというか、好きなシーンとしては、部屋に帽子がいっぱい飾ってあって、出掛ける前にチャーチルが『さて、今日はどの自分になるとするか?』って言いながら帽子を選ぶところ」
──首相に任命された朝、身支度を手伝っていた夫人から「自分に正直に」と言われて、それを受けてチャーチルが言うセリフですね。
小沢「みんな誰しも、こういう気持ちになるときがあると思うんだよ。たとえば『昨日は職場で暗かったから、今日は明るくしよう』とか、そうやって毎日切り替えるわけじゃん。女の子はそういうときにメイクとか髪型を変えたりするんだろうけど、男にはそういうのがないから。帽子で気分を変えるっていう、当時のイギリス人のオシャレさがいいなって思ったね」
──チャーチル夫妻のシーンは、どれも名シーンばかりでしたね。
小沢「この二人のやりとりは、セリフがいちいち良かった。あそこも好きだな。チャーチルが『一人にしてくれ』って言ったのに対して、奥さんが『今さら離婚なんてイヤよ』って返すところ」
──自分の決断によって多くの兵士が犠牲になったことを知ったチャーチルが落ち込んでいるところへ、心配した夫人が声を掛けるシーンのセリフですね。「一人にしてくれって、そういう意味じゃないよ~!」ってツッコみたくなるような、粋な返しです。
小沢「あれはシャレてるよ。最高の奥さんだよね。あの返しによって、こっちの深刻なムードもリラックスできちゃうというか。後半に国王がチャーチルの自宅を訪ねてくるシーンの夫婦のやりとりもいいよね」
──「お客さまよ」「誰だ?」「“キング”よ」「どこのキング? まさか国王?」「ソックリさんじゃなければね」っていうところですね。吹替版だと、また少しセリフが違いますけど。
小沢「ああいうシリアスなシーンにも必ず皮肉の効いたユーモアみたいなのが入ってるのが、いかにもイギリス映画っぽいというか。とにかく言葉のセンスがめちゃくちゃいいんだよね、この映画。もちろん言うまでもなく、この映画の一番の見せ場になる最後のチャーチルの演説も素晴らしかったし。演説そのものは本当のチャーチルの演説なんだろうけど、その後に『気が変わった?』って聞かれたチャーチルが言う、『気も変えられないやつに国が変えられるか』っていうセリフも好きだな」
──なんだか今回は名セリフが次々と出てきますが、その中で最もシビれた名セリフは?
小沢「私は泣き虫なのだ。君らも慣れてくれよ」
──戦争継続か和平交渉で悩んでいたチャーチルは、議会に向かう途中で突然、車から下りて、たった一人で生まれて初めて地下鉄に飛び乗る。そこで市民たちと触れ合い、彼らの言葉を聞いたチャーチルが、思わずホロッと涙を流しながら言うセリフですね。
小沢「チャーチル首相だって気付いた地下鉄の乗客たちが、次々と自己紹介を始めるじゃん。あのシーンで描かれてる意味は、政治家とか権力者たちは、自分たちだけが国を動かしてて、その他の国民はモブとかエキストラだと思ってるかもしれないけど、実は全員にちゃんと名前があるんだよっていうことなんだよ。そこが俺はものすごくいいなって思ったの」
──チャーチルもそのことに気付いたからこそ、涙をこぼしたわけですよね。
小沢「そうだよね。俺がこの世界で一番嫌いなのは、芸能人以外の人のことを“素人”って呼ぶことなのね。俺らは一体、何の玄人なの? って思うんだよ。業界の人たちは“素人”とか“一般人”とか言ってしまいがちなんだけど、いやいや、みんなちゃんと名前があるからねって。それをちゃんと描いてくれたシーンだよね」
──映画に出てくるぐらいだから、きっとあれは実話のエピソードなんだと思います。
小沢「あのときのチャーチルがまた、めちゃめちゃチャーミングなんだよね。あそこは映画の本筋ではないシーンかもしれないけど、俺は一番好きだったね」
──では、いろいろ出ましたけど、今回一番シビれた名セリフは、あの地下鉄のシーンのセリフでいいですか?
小沢「う~ん、いや、ここまでいろいろ話してきたけどさ、やっぱり気が変わったから、今回は違う映画の話にしていい?」
──えっ? なんで急に?
小沢「だってさ、気も変わらないようなやつに国は変えられないじゃん(笑)」
小沢一敬
愛知県出身。1973年生まれ。お笑いコンビ、スピードワゴンのボケ&ネタ作り担当。書き下ろし小説「でらつれ」や、名言を扱った「夜が小沢をそそのかす スポーツ漫画と芸人の囁き」「恋ができるなら失恋したってかまわない」など著書も多数ある。
取材・文=八木賢太郎