<乃木坂46>ドキュメンタリー映画で知る、歴代センターの素顔<ザテレビジョンシネマ部>
3月25日発売の25thシングル「しあわせの保護色」で、“まいやん”こと白石麻衣が卒業することで話題となった乃木坂46。白石をはじめ、国民的アイドル・グループの歴代センターの素顔を映し出してきた、ドキュメンタリー映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』(‘15)、『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』(’19)。一期生たちがグループに所属する前後に抱えた悩みや葛藤、そして決意などを、メンバーの実際の声を交えて、改めて考察したい。
2011年、AKB48の公式ライバルとして結成された乃木坂46。その発表記者会見で、プロデューサーの秋元康氏が「コンセプトがないことがコンセプト」と発言したことなどで困惑したメンバー。
まるで暗闇の中を走り続けるような状況下、翌年リリースのデビュー・シングル「ぐるぐるカーテン」でセンターを務めたのが、生駒里奈である。その後、5 thシングル「君の名は希望」まで連続センターを務め、世間的に“乃木坂=ショートカットの生駒ちゃんがいる”というイメージを定着させた彼女。
感情表現が豊かで、情熱キャラで知られる彼女だが、小学生でいじめに遭い、高校では中学の大親友と離れ離れになったことで不登校に。父親に勧められた乃木坂46のオーディションを受けた理由も「学校生活から逃げ出したかったから」と語っている。
そんな彼女が、将来が期待されるグループのセンターを務めることの重圧はただならぬものだった。日々自身と向き合って格闘した彼女は、“交換留学生”としてAKB48との兼任を機に、気持ちを切り替え、新たなスタートを切ることになった。
ちなみに、卒業発表後の20thシングル「シンクロニシティ」では最後のセンターを務める予定だったが、それを辞退したのも彼女らしいエピソードである。