岩井俊二監督最新作の音楽映画「キリエのうた」が10月13日(金)より公開された。本作で時代や社会に翻弄されながらも懸命に生きる4人の登場人物を演じるアイナ・ジ・エンド、松村北斗、広瀬すず、黒木華の魅力を紹介する。
映画で生かされるアイナ・ジ・エンドの表現力
本作は、「スワロウテイル」(1996)、「リリイ・シュシュのすべて」(2001)に続き、岩井俊二監督と音楽家・小林武史がタッグを組んだ“音楽映画”だ。構想の出発点は、岩井監督自身が「ラストレター」(2020)に登場する小道具として書いた小説。その中に登場人物の1人が撮影したとされる8ミリフィルムの話があり、それが本作の原点となったという。始めは女の子二人の楽しい珍道中になるはずだった物語に震災のエピソードなどが肉付けされ、上演時間178分という大作となった。
「スワロウテイル」ではChara、「リリイ・シュシュのすべて」ではSalyuと、各年代の歌姫を自身の作品で輝かせてきた岩井監督。今回、彼の心を射止めたのは歌手のアイナ・ジ・エンドである。アイナ・ジ・エンドは2015年に“楽器を持たないパンクバンド”、BiSHのメンバーとして活動を開始。翌年にメジャーデビューを果たし、当初は過激なプロモーションで注目を浴びるも、徐々に音楽性の高さや斬新でハイクオリティのパフォーマンスが評価されていった。
芸能界にもファンを多く持つBiSHの大きな柱となっていたのが、アイナ・ジ・エンドの歌声だ。一度聴いたら心を掴んで離さないハスキーボイス。その生まれ持った声質を最大限生かす表現力を彼女は持っている。吐息をたっぷりと含み、繊細に曲を歌い上げることもあれば、パワフルにシャウトをかますこともあり、まるで楽器のようにメロディを奏でるその歌声。“エモーショナル”とはこういうことを言うのだろう。アイナ・ジ・エンドの歌に魂を揺さぶられない人はきっといない。
現在はソロアーティストとして活動する彼女が本作で演じるのは、歌うことでしか“声”が出せない路上のミュージシャン・キリエ。主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」をはじめ、アイナ・ジ・エンドは本作のために全6曲を作詞作曲した。スクリーンで彼女の多彩な才能と豊かな表現力をとくとご覧あれ。
広瀬すず、松村北斗、黒木華ら実力派キャストの繊細な芝居に注目
石巻・大阪・帯広・東京を舞台に、降りかかる苦難に翻弄され、出会いと別れを繰りかえしながら、絡み合う男女4人の13年に及ぶ魂の救済を紡ぐ本作。
一人はキリエ、そして彼女のマネージャーを買って出る謎めいた女性・イッコ役を演じるのは、広瀬すずだ。今年で女優デビューから10周年を迎えた彼女。映画やドラマ、CMでその姿は見ない日はないと言うほど目覚ましい活躍を見せており、多くの監督やプロデューサーが絶大な信頼を置く女優の一人である。特に「怒り」(2016)や「流浪の月」(2022)で見せた魂の叫びとも言える演技は観るものを圧倒させ、日本アカデミー賞でそれぞれ助演・主演女優賞を獲得した。本作でアイナ・ジ・エンドと、どんな化学反応を起こすのかが楽しみである。
姿を消したフィアンセを捜し続ける青年・夏彦を演じるのは、松村北斗。SixTONESのメンバーとして活躍する一方、俳優業にも力を入れる彼はNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で初代ヒロインの夫・稔役で注目を集めた。名家の跡取り息子で英語が堪能。そんな稔を演じる松村の溢れ出る知性やヒロインに向ける愛情に満ちた眼差しに多くの視聴者が心を奪われたのである。「恋なんて、本気でやってどうするの?」(カンテレ・フジテレビ系)ではヒロインが恋に落ちるフレンチビストロのギャルソン役に。“来る者拒まず去る者追わず”の刹那恋愛主義男子というインパクトのある設定ながら、複雑な環境で育った役の弱さを引き出した松村。彼が得意とする繊細な芝居で、過去にとらわれた夏彦の複雑な心情をたっぷりと見せてくれるだろう。新海誠監督作「すずめの戸締まり」(2022)で広く知られることとなった、その温かみのある美しい声にも注目だ。
傷ついた人々に寄り添う教師・フミを演じるのは黒木華。本作でメガホンを取る岩井監督の小説「リップヴァンウィンクルの花嫁」は、2012年にCMのオーディションで出会ったのをきっかけに、彼女をイメージして執筆されたものだ。それほどまでに黒木は佇んでいるだけでインスピレーションが湧くようなミューズ的存在である。柔らかなイメージがありながら、「シャニダールの花」(2013)や「母と暮せば」(2015)などでは演技に芯の強さを滲ませた黒木。その慈愛に満ちた瞳はフミという役にぴったりだ。
他にも江口洋介、吉瀬美智子、北村有起哉、村上虹郎、大塚愛、石井竜也といった豪華キャストが本作を彩る。なお、彼ら出演キャストの過去ドラマを集めた映画「キリエのうた」公開記念特集が民放公式テレビ配信サービス「TVer(ティーバー)」で実施中。主演のアイナ・ジ・エンド、岩井監督の特別コメント付き120秒のディレクターズカット版予告も無料で配信されているため、映画の鑑賞前にぜひチェックしてほしい。
■文／苫とり子
