クミコ(くみこ)
クミコのプロフィール
- 誕生日
- 1954年9月26日
- 星座
- てんびん座
- 出身地
- 茨城県
主な出演最新作
クミコのSNS
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光に包まれた演奏会
父さん母さんのホームでの「逢いびき」を終え、父親が前回より顔色が良いことに安心し、夜サントリーホールに出かける。清水和…
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逢いびきの日。
昨夜、猛烈な睡魔に襲われ寝たはいいが、二時間ほどで目がぱっちり。時々こういうことがある。しばらく寝床にいるが、諦めて起…
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お誘い合わせしてもしなくても。
催し物などでよく聞く言葉。「お誘い合わせの上、お越しください」これ、なんだか嫌だなあといつも思う。一人じゃダメなんかい…
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静かな悲しみ。
ゴールデンウィークのはじまり。といっても、何も変わりなく、どこへ行く予定もない。両親が老いてから、そして、母親が家に一…
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言葉一つのことだけど。
私の若い頃と今と。街も人も変わってしまったけど、絶対にあの頃が嫌だったなあと思うのが、街の店員さんの言葉遣いだ。70年…
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恋も生姜も。
秋から冬へと、生姜を食べた。漬物というかなんというか、ビニール袋に数個が入った生姜を、適当に切って毎朝食べる。なるべ添…
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父さん母さんのホームでの「逢いびき」を終え、父親が前回より顔色が良いことに安心し、夜サントリーホールに出かける。清水和音さんと東京フィルハーモニーの「三大ピアノ協奏曲の饗宴」という、毎年恒例の人気プログラムらしい。ベートーヴェンとチャイコフスキーとラフマニノフ。チャイコフスキーは、有名な曲なのに不覚にも途中居眠り。有名な曲ほど眠くなるのはなぜなんだろう。ラフマニノフも有名な曲。なのに、出だしのピアノの低い和音がはじまったとたん涙がボトボト落ちる。知人にとっていただいた席が前から四列目の真ん中。オーケストラの音圧が頭から襲い、カラダ中浸す。その中に、人が生きていること、死ぬこと、そして今世界で起きている戦いのことなど、いろんな感情が帯のように連なっていく。ぼとぼと涙は落ち続け、汚れ続きをみる
『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』
昨夜、猛烈な睡魔に襲われ寝たはいいが、二時間ほどで目がぱっちり。時々こういうことがある。しばらく寝床にいるが、諦めて起き、机に放り出してあったクイズなどし始める。待て待て、それじゃ頭を使って逆効果だと思っても、やめられない。おお、なるほどと一問解決。うまくできると気持ちがいい。私は数独がけっこう得意なのだが、ここ数日どうにもなら続きをみる
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催し物などでよく聞く言葉。「お誘い合わせの上、お越しください」これ、なんだか嫌だなあといつも思う。一人じゃダメなんかいと思う。誰かと一緒じゃなきゃいかんのかいと思う。この言葉は、昔からある言葉で、おそらく主婦の人たち向けにできたものじゃないかと思う。昔は、女性一人でなどで出歩けない、誰かと一緒じゃなきゃ無理。そんな時代に、スーパーやデパートや小売店などで重宝されたのだろう。でも、今は一人の時代だ。コンサートなどでも、一人の人が大勢いる。先だっての井上芳雄さんのコンサートもそうだった。駅から会場まで一人の女性ばかり。みんながそこに行きたい聞きたいという自身の熱を持って向かう。なので、7000人の会場は思いの外静かだ。客同士の連帯感満載なコンサートだったら、言葉は悪いがウルサイほどの会場が、直前にはもっと静かになる。いいなあ、この熱を秘めた静けさ。一人が一人と対するコンサート。一人ずつがアーティストと向かい合うコンサート。これまで。女性が多いコンサートは、それこそお誘い合わせの上の人も多く、開演前にはあっちゃこっちゃとざわざわして。まあ、それはそれ続きをみる
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ゴールデンウィークのはじまり。といっても、何も変わりなく、どこへ行く予定もない。両親が老いてから、そして、母親が家に一人でいるようになってから「休日」というものがまったくなくなった。一日中一人でいられたのは、昨年夏の、あろうことかコロナ。コロナだというのに、まるで夢のようにアッという間に数日が過ぎた。(その間、友人たちに、母親の所にいってもらって、なんとかしのいだ)その前の休日の記憶がインフルエンザだったから、自分が病気にでもならないと休みはないのだと、覚悟はしている。でもその反対に、感染症は同じDNAを持つ親には、まさかというほどの確率で感染してしまう。コロナもインフルエンザも、時間差で感染した親が心配で不安で、おちおちしていられない。もはや、病気になる自由もない。昨日は父親のホームに行き、ケアマネさんとこれからの話をする。いつ再発してもおかしくな続きをみる
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私の若い頃と今と。街も人も変わってしまったけど、絶対にあの頃が嫌だったなあと思うのが、街の店員さんの言葉遣いだ。70年代の、たとえば原宿とか渋谷の店に入ると「それいいと思うよ、着てみて」といったような友達言葉、いわゆるタメ口で話しかける店員さんが多かった。これがどうにも苦手で、若者的な店には入れなくなった。今は、どんな店でも、若い店員さんでも、きちんとお客向きの言葉を使う。自由奔放な70年代とは、だいぶ違う。なんでそんなことを思い出したかと言うと。母親の訪問看護をお願いすることになって、ケアマネさんやら、派遣されるクリニック看護師さんやらがやってくるのだが、人格的なことより、その言葉遣いに違和感を感じてしまう。なんとかよねえ、なんとかかなあとか、やってみてとか、そういう言葉で母親に話しかける。私は、なんとかです系で対応するの続きをみる
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秋から冬へと、生姜を食べた。漬物というかなんというか、ビニール袋に数個が入った生姜を、適当に切って毎朝食べる。なるべ添加物の少ないものを選ぶ。生姜ひとかけを、ガリガリと毎朝食べていたら、なんだかちょっと体温が上がった気がする。風邪もひいていない。でも不思議なもので、こんなに好きになった生姜なのに、春から夏への空気がやってきてから、急に魅力がなくな続きをみる
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