2020/11/02 23:30 配信
あれだけうるさかったノンちゃんがちっとも動きません。「ドッキリでした」の一つでも言ってくれないと、まったくノンちゃんらしくありません。ずっと止まっているノンちゃんを見ても、まだ「ノンちゃんが死んじゃった」という実感が湧かなくて、自分でも驚くぐらい冷静でした。
御家族の皆様に話すことは決めていました。ノンちゃんがリーダーとしてどれだけ頑張って、どれだけたくさんの人に愛されたか。この夏、ノンちゃんが残してくれたたくさんのギフトを、御家族の皆様に伝えられるのは僕しかいないので、新幹線に飛び乗り。ここに来ました。
その話をキッカケに、少しずつ会話が回り始めて、御家族の皆様が「これは、ノンが高校の時に作った作品で…」と、実家に残っているノンちゃんの作品を次から次へと見せてくださいました。相変わらずフザけた作品ばかりで、皆で、「ほんと、バカですね」と少しだけ笑いました。そのとき、「この娘には作品があって良かったな」と思ったことを今でも強く覚えています。
1時間ほどお話しさせていただきましたが、結局、僕は最後の最後まで感情が乱れることはありませんでした。困ったことがあればいつでも駆けつけることをお約束し、御家族の皆様に別れの挨拶をして、玄関の扉を締め、一息ついた直後、涙が溢れてきました。
涙は一時的なもので、すぐに止まると思っていましたが、まるで止まる気配がありませんでした。このままだと電車にもタクシーにも乗れないどころか、街も歩けません。駆け込むように裏手の海に行き、そこで泣き崩れました。何度、涙を拭っても、「ノンちゃんが死んじゃった」ということが後から後からやってきて、奥底に貯め込んでいた涙を押し出すのです。夜の海は人がいなくて、波の音も大きいので、声を出して泣いても誰にも見つかりません。
「西野さんって、ディズニーを超えるんですか?」「超えるね」「マジっすか? ヤバイっすね」「ちょっと静かにしてもらえる?」「ちなみに、今、何を描いてるんですか?」「『えんとつ町のプペル』という絵本。ゴミ人間の物語」「ゴミ人間? ヤバーイ!」。ノンちゃんと交わした会話が全て甦ります。
あの夏はもう返ってきませんし、これから思い出が増えることもありません。この先、たくさんの仕事に追われて、たくさんのことを考えれば考えるほど、あの夏の思い出は隅に追いやられて、ノンちゃんと交わした会話がジワリジワリと僕の中から消えてしまいます。時間が経てば経つほど、『おとぎ町ビエンナーレ』という、とびっきり温かくて優しい空間を作ったスタッフがいたことが、皆の記憶から消えていきます。
「人は二度死ぬ」と言われます。一度目は肉体的な死。二度目は忘却による死。一度目の死は誰にも止めることはできませんが、二度目の死は止めることができます。ノンちゃんの実家にあったノンちゃんの作品は、あんな状況でも、家族の会話を生み、この世界にノンちゃんがいたことを再びアナウンスしました。つまり、ああいう機会を作れば、ノンちゃんの二度目の死を止めることができます。
共に汗を流したスタッフとして、彼女のことをいつまでも忘れないように、忘れられないように、絵本『えんとつ町のプペル』に出てくる船のデッキに、彼女のニックネームを掘っておきました。それは、僕の中で、絵本『えんとつ町のプペル』を一人でも多くの人に届ける意味の一つになっていて、今日もせっせとサイン本を作って、配送しています。
絵本『えんとつ町のプペル』が世に出る一年前。とても暑かったあの夏、前歯をムキ出しにしてゲラゲラ笑うバカなスタッフがいました。彼女が今どこにいるかは知りませんが、映画、観に来てくれたら嬉しいな。
(第12回は11月9日[月]更新予定)
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