佐藤とシムのベランダ越しのやり取りは、細かくカットを割らず、長回しを中心に撮影された。お互いに別の建物にいて、撮影前の顔合わせもなく、ぶっつけ本番という状況だったため、表情や仕草、動きなど、ほとんどのシーンのお芝居は両者のアドリブによるものだったが、ちょっとした目の動きや顔の向きの違い、さりげないジェスチャーを駆使して、まるで本当に心が通って会話しているかのように演じていた。
林響太朗監督も「ちゃんと同じ空気感で共鳴していて、日常に潜む美しい景色を実際に見ているような気持ちになりました」と語った。
また、林監督は、撮影に当たり、「2人の“間”を一番に考えました」と話す。「近すぎず、遠すぎないという、ほどよく見えて会話するほどでもない距離」を意識しつつ、「ちょっと目を離せば、別に話さなくたっていい。そんな間に生まれる偶然出会ったその瞬間を大切にできれば」と思いながら、演出を手掛けたという。
また、林監督は「2人とも、カメラの前に立つと、自然と心地よい風が吹いていて、気持ちのいい時間が流れていました」と振り返っていた。
住宅街でのラストカットを撮り終えた時、ちょうど佐藤側のベランダからシムを撮影していたカメラに向かって、シムが(近隣に迷惑が掛からないよう無言で)大きく手を振ると、その姿に気づいた佐藤や監督たちも、無言のまま笑顔で大きく手を振るジェスチャーだけで、最後の挨拶を交わした。
その後もしばらくの間、満面の笑みを浮かべながら手を振っていたシム。これまで数えきれないほど多くのクランクアップを経験している佐藤も「こんな風に撮影が終わるのは、初めてですよ(笑)」と驚きながら、大勢のスタッフとともに名残惜しそうに手を振っていた。