大竹「高佐は悩みないの?」
高佐「僕は40代に入って、好きな仕事だけを納得するまでやりたいという気持ちがすごく強くなってしまって。昔はもっと柔軟だったのになぁと思うんですよね。大竹さんが40代のころって、どんな感じでした?」
大竹「40代は仕事と浮気で忙しかったからなぁ(笑)。冗談はさておき、高佐が好きなことしかやりたくないなら、それでいいんじゃない?」
高佐「即答ですね」
大竹「男には二つの生き方があるんだよ。自分のために生きるやつと人のために生きるやつ。自分のために生きるなら、好きなことだけやる。それでいいと思う。ただ家族がいると難しいよな」
尾関「大竹さんは、どっちで生きてこられたんですか?」
大竹「それは…難しい質問するね(笑)。俺は芸人によくいるドロップアウトした側の人間だったから、自分のために楽しもうと思ってたかな。でも、家族ができたときにこのままじゃダメだと、事務所の社長に『絶対売れるから月30万の給料制にしてくれ』と直談判した。やりたいこと、好きなことをするためには誰かを泣かさなくちゃいけないから、社長に泣いてもらったね(笑)」
高佐「全然売れてないときに月30万給料制ってすごいですね!」
尾関「やりたくないことをやらないと稼げない。家族を養えないというときは、どうしてたんですか? 自分がやりたいお笑いもありましたよね」
大竹「振り返ってみると、俺はやりたいことしかやってないんだよね。テレビで暴れたりもしたけど。今、テレビでキレてる芸人…例えばカンニング竹山とかは、何か原因があって怒るじゃない? でも、当時の俺はもう出てきた段階からキレてるわけ」
尾関「理由もなく?」
高佐「勝手に怒っているおじさんじゃないですか」
大竹「そうなんだよ。だから、俺は芸人をやっている感覚じゃなかったのかもしれない。やりたい、やりたくないで使い分けたりするような器用なことはできなかったし。キレてる俺を、きたろうや斉木(しげる)がうまく扱ってくれていただけで。今はもう滅多に怒らない好々爺になってるけど(笑)」
尾関「たまに炎上してるのに(笑)」
大竹「そうなんだよ。炎上するとドキドキしちゃう(笑)」
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