――お芝居をする上で言語の壁みたいなものを感じることはありましたか?
みなさん日本語を少し話せたり、通訳の方もいてくださったりしたので、そういう隔たりはぜんぜん感じなかったですね。撮影の合間にお休みもあったので、「ご飯はどこに行った方がいい?」とか「観光するならどこがいいかな?」とか、みんなでそういう話をしていました。
――では、オフの日は紹介してもらったオススメスポットに?
そうですね。川口さんや薬丸くんたちみんなでご飯を食べに行ったり買い物をしに行ったりと、楽しい思い出しかないです。川口さんや薬丸くんもすごくお肉を食べたいって話していたので、とにかくお肉ばかり食べていた記憶があります(笑)。僕もお肉は好きだし、韓国はたらふく食べても安いので、「じゃあ、今日もまた肉探すか」って感じで、常にお肉屋さんを探していました(笑)。電車に乗って都市の方まで食べに行ったりもしましたね。韓国の現場は、日本の撮影の時間軸とはスタイルが違うので、台本と向き合う時間も、プライベートの時間もそれぞれたくさんありました。ゆったりと撮影させていただけたことは、作品にとってもプラスに働いているんじゃないかなと思います。
――台本と向き合う時間も長かったということですが、それは役作りにも影響したのでしょうか?
まず入江監督が考えていた輝夫像と僕が思っていた輝夫像が真逆で…全く違ったんです。入江さんが求めていたものは、人と関わりを持ちたくないという弱さを持っているキャラクター像でした。でも僕は、輝夫のことを強がって生きている人間だと思っていたので、彼に対する見方が変わって、そこから照らし合わせていく時間がすごく面白かったです。監督に求められているものを忠実に表現したいと思い、台本の読み方から変えました。
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