「テレ東らしさ」はもはや死語?「若手映像グランプリ」企画者・優勝者の3年目ディレクターに聞く、彼らが目指す新しいテレビ

作品のためだけに架空の言語・ネラワリ語を制作


大森さんの優勝作「Raiken Nippon Hair」は、「架空の国・ネラワリで放送された、日本に一番詳しい人を決めるクイズ番組」だ。なんとこの動画のためだけに一から架空の言語・ネラワリ語を作り上げている。この発想はいったいどこから生まれたのか。
「Vaporwave(様々なジャンルの楽曲をサンプリングし、ループ・エフェクトをかけて独特のノスタルジックな印象に仕上げる音楽)が好きなんですが、日本語の天気予報なんかをサンプリングして作られた曲があるんです。全体としては意味がわからないんだけど、世界観が統一されていて、その中にちょっとだけ理解できる単語が出てくることの面白さがある。出演者が何を話しているかも、テロップの意味も全く理解できない中で、ところどころ”理解できる”という不思議な感覚を生み出すために、クイズ番組という形式をとりました」(大森さん)

「Raiken Nippon Hair」は、現地のテレビ番組がYouTubeに違法アップロードされているという設定で、画質もやや粗く、途中で違法動画によくある謎の枠が表示される。ここにも工夫がある。
「今回は候補作がYouTubeで視聴されるということだったので、その場所を生かすために『違法アップロード動画』という設定にしました。あの演出が伝わる人は違法アップロード動画を見たことがあるわけなので、その背徳感が面白いかなと」

違法動画によくある謎の枠を表現 (C)テレビ東京


言語を一から作る大変さはかなりのものだったが、言語学者の協力も得て実現したという本作。特に気に入っている点を尋ねると「冒頭がCMから始まるところです」とのこと。「いきなり架空のCMから入ることで、これは何だ、わけがわからないと思わせたかった。こういう動画のコンテストって、普通サムネイル時点からわかりやすいことが基本だと思うんですが、逆を行くことで、他の作品とは”何か違う”と印象付けたかった」(大森さん)

テレビがつまらないものだと思われているからこそ、フリに使える


「Raiken Nippon Hair」を見た千田さんの感想は「これをやられたらかなわない」だった。「それまでバラエティ、ドラマ、といったジャンル分けでやっていたところに、いきなり『わかる/わからない』という新しいカテゴリ分けを持ち込まれた」と舌を巻きつつ、一方では「普通に企画書を出したら『Raiken Nippon Hair』は絶対に通らない。15分の動画をいきなり作って企画書代わりにする、このグランプリならでは」と嬉しさも感じたという。

わかりやすいコンテンツが好まれる近年で、あえてこの作品を作ったのはなぜなのか。大森さんの中で、ネットの動画とテレビ番組には違いがある。
「テレビはつけたら流れていて、自然と目に飛び込んできます。”見たいものを探して、それを見る”というネットとはそこが明確に異なります。とにかく視聴者に何だこれ?と思わせることが大事だと思います。あと最近はテレビがつまらないものだと思われているから、逆にハードルが下がって話題になりやすい。他のテレビコンテンツのフォーマットがしっかりとしているので、それをフリにした演出を行いたくなる」
確かに、大森さんが初めて演出を手掛けた番組であるBSテレ東「Aマッソのがんばれ奥様ッソ!」も、お笑い芸人・AマッソをMCに迎え、忙しい奥様を応援する家事バラエティ番組という体裁をとりながら、どこかに違和感を潜ませていく構成が話題となった。これも一般的なバラエティ番組のフォーマットをフリに使った例といえよう。

ちなみに、インターネット上では公開されているネラワリ語の資料を用いて「Raiken Nippon Hair」の日本語訳に取り組むユーザーが多く見られ、「奥様ッソ」でも番組中の演出についてSNSで多数の考察が生じた。近年の考察系ドラマブームなども踏まえ、視聴者のSNS投稿を生み出そうとする狙いがあったのかと尋ねると、そうではないという。「個人的には、初めから考察させようと思って作っている作品はあまり好きじゃないんです。ギミックを作っているというよりは、余白を作っているという意識でいます。結果的に考察が起きているという感じです」(大森さん)

4月にはグランプリの特典として、「Raiken Nippon Hair」が地上波放送される。一体どんな番組になるのか。「今まさに頑張って制作しているところですが、クイズ番組ではないです。今回の動画を見てくれた方は、地上波で同じクイズ番組が流れてるのを見てもあんまり面白くないと思うので。ネラワリ語だけ生かして、違うジャンルの番組にします」(大森さん)