<カムカム>松重豊、演出を「超えた」名演 “虚無蔵”に説得力を与えたアグレッシブさとユーモア

2022/03/26 08:20 配信

ドラマ コラム

その後も映画の“中の人”として存在し、ようやく実体として出てきたのは第66回。ひなたが子供のとき出かけた憧れのモモケン(尾上菊之助)のサイン会のちょっとした寸劇にやっぱり斬られる役として登場した。

そのとき、子ひなた(新津ちせ)のほうに倒れこむように近づいているものの子ひなたはモモケンに夢中でまったく虚無蔵を意識していない。

松重豊がこれほどまでにちょっとのシーンに誠実に出演していることが尊いと思う。

無論、後々、重要な役で出番が増えるとはいえ。むしろそれまでちょっとしか出ないこともきっと楽しんで演じていたのではないだろうか。

演出を「超えた」芝居

二代目モモケン(菊之助)と虚無蔵(松重)がついに対峙した「カムカムエヴリバディ」第83回より (C)NHK


ひなたが川栄李奈になると、虚無蔵は彼女に時代劇を救ってほしいと頼む。そこからはようやく伴虚無蔵の物語も描かれていく。彼がなぜ20年も脇役(斬られ役)専門でやり続けたのか彼の心情が描かれた第83話は重厚だった。

この回の演出を担当した石川慎一郎さんは筆者のYahooニュース個人のインタビューでこう語っている。

「虚無蔵が最後、笑顔で去っていくところはある種、虚無蔵とモモケンの物語が完結するところだったので撮っていて楽しかったです。虚無蔵とモモケンの物語ではあるけれど、ひなたもそこで救われるといいなと思って、松重さんにもうちょっと笑顔の塩梅をあげてもいいんじゃないかと相談しました。本番、振り返った虚無蔵さんの表情をみて、胸が熱くなりました。モモケンと虚無蔵のこれまでのわだかまりがスっと解けていく感覚。自分の想像を超えたお芝居のおかげで、そのあとのひなたの笑顔もより一層、味わい深いものになったと感じました」(※2022/3/1配信「〈カムカムエヴリバディ〉算太、モモケン、虚無蔵 おじさまたちが大活躍で、ヒロインひなたはどうなる?」より)

このときの松重はとても繊細に表情を作っていた。そこから虚無蔵の様々な心情が想像できた。

若い頃は大志を抱いて俳優活動をはじめただろう。やっと大役に抜擢された映画が大コケし、以後なぜかずっと活躍の場が与えられないまま、それでも諦めることなく鍛錬を続けた。

ようやく20年のわだかまりが溶けたものの簡単なハッピーエンドではなく、役はもらえないし、年齢的にもアクションをする俳優としてのピークを過ぎている。それでも時代劇が好きで、そのためになにかしたいと思っている人物を松重豊のゴツゴツした枯れ木のような身体が表現していた。

虚無蔵は、実在するある俳優に少し似て見える。斬られ一筋に生き、2021年に亡くなった福本清三である。撮影所所属の俳優として、また、名斬られ役として活躍し、ハリウッド映画「ラストサムライ」(2002年)にも抜擢されて注目された。

彼の唯一の主演映画はまさしく斬られ役の人生を描いた「太秦ライムライト」(2014年)である。その映画の福本の首筋から肩にかけての痩せ具合と虚無蔵の後ろ姿はとても似ているような気がするのだ。

また、虚無蔵が斬られて仰向けに倒れる動きも、福本ほどケレン味は抑えめだが、仰向けとその形相が重なって見える。あくまで推測でしかないが、松重は意識して演じているのではないだろうか。

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