長年「若者のテレビ離れ」が言われ続ける一方で、最近ではTVerなど見逃し視聴が一般的になり、テレビ番組の話題がSNSでバズることもしばしば。テレビって、あらためてじっくり見たら色々おもしろい?なんと7年ぶりにテレビ番組を見るというライター・城戸さんが、TVerで見た番組を独特な視点で語る連載、2回目です。今回はBSテレ東で放送中の「ワタシが日本に住む理由」をチョイス。
渋谷という街が苦手だ。理由は簡単で、人が多いとか、ナンパが多いとか、ただただそんな理由である。嫌い、と言ってしまいたくもなるが、ここでは「苦手」と濁しておくだけでなく、私にとっての渋谷は、嫌い、と言い放つことをためらってしまうような鋭い目つきで、こちらを睨みつけているガーゴイルのような存在なのだ……と適当をこいておきたい。
渋谷には映画館がたくさんあって、日本最大級の規模を誇るTSUTAYAもある。映画好きである以上、渋谷を避けて生きることは難しい。だから、毎週のように渋谷に行く。職場が渋谷にあるとか、乗り換えで使わなきゃいけないとか、そういったやむを得ない理由ではなく、あくまで自分のために、決して行きたくない渋谷に通っているのだ。それは、溶岩の中心に咲いている花を命がけで摘みに行くようなもの。その花が絶対に必要だというわけではない。もちろん、辛い思いもしたくない。ただ、自分のために、摘みに行くしかないのである。これが、私と渋谷のお付き合いであった。
杉並区の一角で、ちらちらと渋谷の方角に目をやりながら今日もTVerを漁っていると、「ワタシが日本に住む理由」という番組のサムネイルに、渋谷のハチ公と外国人女性が映っていることに気が付く。おそらく、日本に住む外国人の方々に話を聞いて、日本の魅力を再確認するという趣旨の番組なのだろう。初めて知る番組だったが、私が興味を惹かれたのは、6月8日の放送回のテーマが渋谷であったためだ。
渋谷を愛するあまり、自転車での渋谷区観光ツアーを主催する、日本在住7年、ドイツ出身のミリアムさん。番組は、渋谷での彼女の生活を追ったドキュメンタリーパートと、スタジオを舞台に番組のホストである高橋克典氏と繁田美貴氏によるインタビューパートに分かれる。今回は、ミリアムさんが渋谷の街を歩くドキュメンタリーパートに注目してみたい。いったい渋谷の何が良いのか、ここで学ばせてもらえれば幸いである。
渋谷に降り立った彼女はまず、スクランブル交差点に言及する。「エナジーを感じ、ワクワクする」というのだ。私はハチ公口を出るたび人の多さに愕然とし次の瞬間には失神している。
そして次に、渋谷という街の移り変わりの早さに言及する。おそらく、彼女が最も語りたい部分はここなのだろう。新しいビルが建ったり、工事が行われたり…少し目を離すだけですぐに風景が変わってしまう、だからこそ見逃せない街なのだと。舐められないよう、なるべく背筋を伸ばして羽音を立てずに堂々と歩くということに全神経を集中させている私は、”街を見る”ことすらできていないのであろうが、変容を愛するというのは、自分にはもっとできないことだろうと思う。渋谷の前方や上方ではなく、地面そのものを愛していないと、変容を愛することはできない。たとえば私は有楽町が好きだが、あの街から映画館が無くなったり、私の記憶する風景と変わってしまったりしたとしたら、もう行くことはないだろう。有楽町の地面を愛しているわけではなく、前方や上方を手軽に愛しているに過ぎないからだ。
愛する人の姿かたちがまったく変わっても、変わらずに愛することができるだろうか、と考える。これは愛というものの永遠のテーマだろう。この問いに答えを出すために、私は渋谷の街を”見る”必要がある。こんなに大袈裟な話であるわけがないのは百も承知だが、こうやって大袈裟にでも考えないと人生はつまらないのだ。
人を見て、街を見て、なにかが変わっていることに気が付く。そんな当たり前のことが、私にはできない。渋谷はいつ行ったってただの渋谷で、いつ行ったって苦手なのだから、見る必要もないと、知らずのうちに開き直っていたことに気付かされたところで、画面には自動販売機で購入できる缶に詰められたショートケーキが登場しており、横には1100円という価格が並んでいた。危ない危ない、つい渋谷を見直してしまうところだった、そう目をこすりながら、その1100という俄かには信じがたい数字を、戒めとして脳に焼き付けたのであった。
文/城戸
イラスト/犬のかがやき
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