――黄身子さんは女性のリアルな心の機微を表現した作品を発信されています。『ファラウェイ』はどのような思いで描かれたのでしょうか?
私はよく“恋愛体質で自分の経験をもとに描いている”と思われるのですが、そういうわけではなく、現実の恋愛には消極的な性格で、実は恋愛とは関係ない気づきを比喩的にラブストーリーにしていることも多いです。そういう自分がなぜフィクションのラブストーリーが好きだったり、日々恋愛の難しさや幸せについて思い巡らせているのかと改めて考えてみて、恋愛にまつわる社会的なルールみたいなものやステレオタイプは苦手だけれど、特別で信頼できる関係性というものに対する憧れが根底にあるように思ったことをもとにしています。
――『ファラウェイ』に限らず、黄身子さんの作品は女性から多くの共感を集めていますが、「女性」や「恋愛」をテーマに作品を描く理由があればお教えください。
4コマは上記のように日々思ったことをもとにしていますが、特に「女性」「恋愛」をテーマにしようとかメッセージを発信しようという動機があったわけではなく、初めは生活や社会の中の違和感や人間関係で思ったことなどをいろいろ描いていました。そのなかで恋愛をテーマにしたものが反応がよかったので、だんだん増えていったという感じです。また、もともと少女漫画や乙女ゲームなど女の子主人公の物語が好きで、男性を描くのが苦手だったこともあり、かわいい世界観のお話をつくるのが単純に楽しくてこのような作風になりました。ですが、男性の方に感情移入してもらえることも増えたので、現在では性別で感じ方を決めつけるのではなく、現実と非現実のあいだで感情を引き受けるキャラクターという意識で女の子を描いています。
――現在連載中の『ジルコニアのわたし』は、アイドルの恋愛を題材とした作品ですが、第1話で「メンバーの誰かが週刊誌に撮られる」という衝撃的なエピソードから始まります。なぜこのテーマや展開に至ったのでしょうか?
アイドルをテーマに漫画を描いて欲しいとお話をいただいたことは、今までも実は何度かありました。アイドル活動をしている方にSNSを見ていただいたり、ファンの方から生誕企画などのイラストをご依頼いただいたりはあったのですが、自分自身があまり詳しくなかったので実現できなくて…。ですが、コロナ禍になってからハロプロやK-POPなどを見るようになり、「かわいい女の子」ってこんなにいろんな方向性がありえるんだ、ととても感動しました。そのタイミングでお話をいただいた中で出てきたテーマの一つだったので、今ならできるかもと思い挑戦することにしました。
もともとのアイデアになっているのはTwitterで公開した4コマの「ゴシップ」という作品です。芸能人の熱愛のニュースを見るたびに、写真に写ったり誰かが語るような関係性だけでそこに「恋愛」があるといえるのか?と考えていたことをもとにしたものです。こういうアイドル=恋愛禁止の立場におかれている人をめぐるいろいろから、恋愛という概念の複雑さを描けたらいいなと考えました。
――「アイドルの恋愛」を描くうえでこだわっていることや気をつけていることがあれば教えてください。
「アイドルの恋愛」を単に「ルールを破って恋愛をする」という事件と解釈したり、その是非ではなくて、それぞれの真面目さや理由がある中で起こりうる葛藤や、事件未満の心の動きという一歩手前の部分にフォーカスしようと思っています。アイドルとしての姿より、むしろ普通の女の子の面を描いて自分を重ねてもらえるといいなと。あとは、こういうテーマなので、特定の誰かをモデルにしていると思われないようにということは気を遣いました。
――この作品をつくるうえで準備したことや、ご自身の経験が役立ったことはありますか?
4コマなどではちょっとファンタジックな世界を描くことも多いのですが、今回はそうではないので、いろいろな方のインタビューや動画を参考にしたり、業界を知っている方に取材させていただいたりと準備をしました。ですが物語の中の事象だけではなく、自分だったらどうするかなと考えたり今までと違う考えに至ったりしてもらえたらいいなというのがあり、最終的にはいつもどおりあまりリアルに近づきすぎないように、そこから具体的な要素を抜くようにして組み立てています。
あと最近まで会社員をしながら漫画を描いていたので、表裏の自分があるというか自分が2人いる感じがずっとあり、その感覚は役に立ったかもしれないです。
――アイドルグループ「ぱらそる」の4人を主な登場人物としてお話は進んでいきます。4人のキャラクターや架空のアイドルグループを考えるうえでこだわった部分を教えてください。
「ぱらそる」はルールにとらわれる存在なので、正統派という枠の中にいるアイドル感というか、親しみやすくてわかりやすくかわいい感じと思って作りました。あと、漫画で恋愛を描くときにものやモチーフに重ねて比喩的に表現することが多いので、グループ名や歌詞は天気というキーワードからにしました。パフォーマンスがあまり出ないんですが、衣装は楽しく考えています。
4人はそれぞれ違う悩みを抱えている女の子にしようと思い、寧々は「気持ちが通じててもタイミングが合わない話」、なるみは「幸せになりたいのにうまくいかない話」、まめこは「好きになっちゃいけない人の沼にはまる話」、ひなは「恋愛が何かわからない話」とそれぞれの恋愛の状況と一緒に作りました。4人とも、本当に好きなものや信じているものと、ファッションや外見のような表の顔がちょっと違うようにしていて、私服や持ち物も注目していただけたら嬉しいです。
――2話から5話までは、「ぱらそる」のリーダーであり、現役女子大生でもある寧々がメインとなるお話です。彼女はどのようなキャラクターですか?
寧々はいちばんストレートに、「自分が恋愛禁止の立場だったらこんな風に思うかも、こんなことで困るかも」と想像したことを落とし込んでつくりました。私の4コマに出てくる女の子の集合体がアイドルになったらこんな感じかな?というところから、良心の呵責が強くあってほしかったのでいわゆる「良い子」の方向に持っていきました。真面目で優しく、努力家だしちゃんとしてるのでリーダー役もできるんですけど、本人はそれにあんまり気づいてなくて、ちょっと自信がなくてちょっとビビりで、恋愛に対してもそんな感じです。
――寧々編で気に入っている場面があれば教えてください。
全然恋愛じゃないんですが、大学の友達の千乃にウインクしてほしいと頼まれるシーンは、いつも悩んでいる寧々の、裏表ないかわいい表情がやっと出現した感じで描いていてうれしかったです。あと寧々が小金井くんからガチャガチャをもらうシーンがあるんですが、これは私自身が親友から同じように牡蠣のキーホルダーをもらって、好きな人からだったらどういう気持ちになるかなって想像したことからです。藻の授業も自分が実際昔取ってたので、そういう些細なディテールはちょっと実話の部分もあります。
――読者へのメッセージをお願いいたします。
「恋愛禁止」という言葉じゃなくても、好きな人と近づきたいけど今じゃないとか、好きになってはいけないと思っているのに心が動いてしまったとか、学校や職場での自分とは違う面で恋愛をしているとか、「恋愛」がコントロール可能な共通概念と思われているせいで起こる矛盾は、いろんなところにあると思います。未熟な点も多いと思いますが、4人の女の子の姿を自身の中にあるモヤモヤと重ねて、考えたりちょっと元気を出したりしてもらえたら嬉しいです。
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