鈴木と谷をはじめ、ちょっとアホで元気な山田、鈴木と同様に周りを気にしてしまう平(たいら)など、『正反対な君と僕』に出てくるキャラクターたちは皆人間味にあふれている。このような愛すべきキャラクターを生み出し動かす秘訣を尋ねた。
「今はすごくざっくりしてるんですよね。キャラクターの性格がブレるのが嫌で、前作を描き始めたときは設定を箇条書きにして徹底的に決めたんです。でもそれに縛られてしまってやりにくい部分もあったし、結局物語を描いていくうちに性格も変わっていく。なので今回はあんまり細かく決めずに、ぼんやり『こういうこと言いそう』という感じで描いています。教室で集まってわちゃわちゃ喋ってるシーンなんかは、自然にぽこぽこ出てくる感じ。あとは担当さんに『私はこう思って描いてるけど、初見で読んだときの印象はどうですか?』と相談しながら描いています」
キャラクターたちに個性がありながら、悪役がいないのも特徴だ。たとえば4話では平が、いわゆるクラス内の“ヒエラルキー”が異なる谷と付き合いだした鈴木に「なんで谷?」とモヤモヤするが、彼はそのモヤモヤを表出することはなく、ひとりで理由を考え、自分自身が他者からの評価に縛られているためだと気づく。この描き方は非常に丁寧で、感情移入する読者も多いのではないか。ただ阿賀沢氏によると「悪役がいない」のはことさらに意識しているわけではなく、結果的にそう見えているのだという。
「『悪い人間がいない』と人から言われて『そう見えるんだ!』とびっくりしました。私としては、主人公含めて全員のよくないところ、めんどくさい部分や欠点も描きたいと思っています。多分、物語の中で対立する立場になるキャラクターであっても、『こういう考えからこう行動している』というのが見えてくることによって、『悪い人間がいない』というジャッジになっているのかな…?と思います。その人の視点がないと、わからないから悪役に見える。きっと視点が違えば鈴木たちも『内輪で盛り上がってるうるせえグループ』みたいな感じになって、悪役にもなるかもしれません。あと、対話で少しずつ変わっていく人間を描きたい場合、登場人物の性格が違っても倫理観は近くないと、話し合いではどうにもならなくてテーマとそれるので、とんでもなく理不尽な人間を出していないというのもあると思います」
鈴木と谷は付き合っていく中で価値観の違いが表れる瞬間もあるが、そのたび相手と、また自分自身の内面とまっすぐに向き合い、思いを言語化して関係を深めていく姿が見ていて清々しい。このような物語を作る上で、意識している点はどんなところにあるのだろうか。
「自分の悪いところや直した方がいいところを、人から指摘されただけで解決することはないじゃないですか。よくない点に気づいたとしても、それを直していくのは自分だから。相手にズバッと言って終わりじゃなく、その人が自分自身で気づいて変わっていかないといけない。それに、人の数だけ価値観や考え方があるから、人間関係において『こういうことが起きたらこうするのが正解』というのはないと思うんです。『この人はこう思ったから、こういう行動をとった』というそれぞれをちゃんと描きたい」
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