そんな彼女の想いが形になったのが、NHKの福祉とドラマの部署が共同制作する異色のドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」だ。主人公が旅をしながら7人の“パパゲーノ的な人”、つまり死にたい気持ちを抱えてなお生きることを選択した人物のライフストーリーを知っていく構成であり、放送を通じたパパゲーノ効果も期待できる。一方で、後藤Dの意図の通り、終始「死ぬことを否定しない」、淡々とした優しい物語として描かれているのが印象的だ。
これまでにも取り組んできたドキュメンタリー形式ではなく、あえてフィクションという形を取ったのはなぜなのだろうか。
「死にたいと思い詰めていたとしても、『見たい映画があるから生きてます』『あの漫画が発売されるまでは生きてます』『好きな舞台の公演があるから、それまでは生きてます』ということが、結構あります。それだけの力がフィクションにあることを日々感じていたので、そんなお守り代わりになるようなものが、ドラマでできないかなと思ったんです」(後藤D)
同作の脚本を担当するのは、「部活、好きじゃなきゃダメですか?」(2018年、日本テレビ系)、「死にたい夜にかぎって」(2018年、TBSほか)、「俺のスカート、どこ行った?」(2019年、日本テレビ系)等で知られる脚本家・加藤拓也氏だ。
「これまでの加藤さんの作品を拝見する中で、人肌のある物語やセリフをお書きになる方だなと思っていて。『こういう考え方、こういう人って駄目だよね』とか、『死にたい気持ちを抱えている人ってこうじゃないと共感がしづらいよね』という、固定観念のようなものを超えてくださるのではないか、という信頼がありました」(後藤D)
難しいテーマながらも「自殺を肯定も否定もしないということであれば、書けるかもしれません」と引き受けた加藤氏。後藤Dから共有された、「自殺と向き合う」の印象的な投稿や高頻度で書き込まれるキーワード、彼女が長年の取材の中で知った当事者の方の姿などをヒントに、設定を考えていったという。
「いただいた資料から、物語としてどう構成して行けばいいのかを考えていきました。主人公の設定は、『自殺と向き合う』の投稿者属性として一番数が多かったのが『もも』というペンネームの20代女性だったことから決定しました。その一方で、特定の年代やジェンダーに偏った話にはならないようにも意識していました」(加藤氏)
主人公・もも役を務めるのは、NHKのドラマでは初主演となる伊藤沙莉。
「加藤さんに書いていただいたプロットを読んだ時に、もも役は伊藤沙莉さんしかいないと思いました。社会に“適応”していると思われてしまう25歳の女性でありながら、死にたい思いを内包していると言う主人公ですが、当事者性の人が見た時にも嫌味なくスーッと入ってくるような方がいいなと」(後藤D)