コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は、作者・古川ちほさんの『稀有の海より』をピックアップ。古川ちほさんが2020年8月19日に第1話「君が海を渡る理由」を、2022年9月4日に第5話「スターゲイザー」をそれぞれTwitterに投稿したところ、あわせて3万以上(2022年9月20日現在)の「いいね」が寄せられ、反響を呼んだ。この記事では、古川ちほさんにインタビューを行い、創作の裏側やこだわりについてを語ってもらった。
現世と常世の海に浮かぶ、死者が人生の最後に訪れる小さな島。死者たちはここから船で海の向こうの死後の世界へ向かうため、港で乗船の順番を待つ。“この島にたどり着いた者は必ず海を渡らなければならない”という掟が存在するものの、死者の中にはまだ人生への未練や後悔を抱いているため船に乗ることを拒み、“ホツレ(解れ)”となってしまう者がたびたび現れていた。
島でひっそりとコーヒー専門店を営む無愛想な青年・イトは、ホツレが現れると一晩だけ店に迎え入れ、温かいコーヒーを振る舞っていた。ある夜、自殺した一人の女性がホツレとなって店を訪れる。「船に乗ったら生まれ変わってまたあの世界に戻ることになるのでは」「死んでもなお人生が続いていくのではと恐怖を感じる」と話す女性に、イトは「終わりの先には何もない」「終わりにするなら“自ら命を絶ったこと”じゃなくて、“新しい航海に出ること”を君の最後の勇気にした方がいいんじゃない?」と問う。その言葉に女性は船に乗ることを決意し、イトに別れを告げると涙を流しながら海を渡った。
さまざまな理由で乗船を拒むホツレとの一対一の何気ない会話から、それぞれの人生への未練や後悔を見つけ出していくイト。同作では、気持ちを整理する時間を与えながら死者に優しく寄り添うイトと、ホツレたちが自分自身の人生に終止符を打つ決心ができるまでの、一晩の出来事が1話ごとに描かれている。イトが紡ぎ出すあたたかい言葉の数々が、“死”を意識せず“今”を忙しく生きる現代人の心に響く作品となっている。
Twitter上では「とても素敵な作品」「なんと深いのでしょう」「ノスタルジーを感じました」「人生観が変わりそう」「毎日に疲れた心によく沁みました」など、読者からのコメントが寄せられ、注目を集めている。
――『稀有の海より』は“死”をテーマにした作品ですが、どのようにして生まれたのでしょうか?
自分のもつ死生観を漫画で表現したいと思ったことがきっかけです。現代社会は目の前のことに必死になりがちで、常日頃“自分の死”を意識して生活している人はあまりいないように思いますが、いつかやってくる命の終わりについて、ほんの少しでも考えるきっかけになれたらと思いながら描いています。
死というテーマは非常にデリケートなものなので、あまり暗いストーリーにはしたくないという考えから“死後の世界の海にある小さな島のコーヒー店”を舞台とし、ほんのりとした温もりある雰囲気を出せるようにしています。
――『稀有の海より』の各話には、人生への未練をもつ者や、生きている時にやり残したことがある者が“ホツレ(解れ)”として登場しますが、これらの人物を創作する際のこだわりや特に意識していることはありますか?
ホツレが胸に抱く未練や後悔は「星を見たい(第5話)」「タピオカドリンクを飲みたい(第3話)」など様々なのですが、どんな内容のものでもホツレの歩みを止めてしまう原因であり、この世界において絶対に放っておけない重要なものとなります。
海と島という閉鎖的な場所なので、ほとんどが完全に解決できないままとなりますが、この物語ではそれでよしとしています。本当に大事なのは、未練や後悔の裏には必ず何らかの理由があること、それを見つけ出して自ら触れることであり、そこから当時の思いを知り、受け入れる(=自分の中で気持ちを整理する)ことで、新たな一歩が踏み出せるように…という願いに近い気持ちで描いています。
――『稀有の海より』で、古川ちほさんが特に気に入っているシーンやセリフがあれば、教えてください。
第1話『君が海を渡る理由』の中で、主人公のイトがホツレに向けた“覚悟と勇気”のセリフは、この物語を形作る大きな軸となりました。この話に登場するホツレは自殺してしまった若い女性なのですが、イトは自殺については何も言わず、理由も聞かず、それが彼女にとって最も大事な決心だったと悟った後は彼女の意思を尊重し、もう一度だけ歩み出せるよう促します。
「死は平等であり、もう現世には戻れないからこそ、海の向こう=死の先にある世界に渡ることが死者にとって一番の幸せになる」というのがイトの死に対する考え方です。彼はどちらかといえば無愛想な青年ですが、行動やセリフには恵み深いものが多くあります。ホツレと共に過ごせるのはイトだけなので“いかに彼らに寄り添い向き合うか”というのはとても大事な部分だと思っています。
――古川ちほさんは瀬戸内在住とのことで、『稀有の海より』で描かれる島の街並みや海、星空などの美しい風景描写も、古川さんの海を身近に感じながらの生活が影響を与えているのでしょうか?
あまり意識したことはないのですが、前後に山、少し歩けば海、という自然豊かすぎる場所で長い間暮らしているので、それが自分にとって当たり前の風景だからこそ、こういうところもあることを知ってもらいたかったのかもしれません。島の景観は、昔いろんな島を巡った時に撮影した写真を参考にしています。
――今後の展望や目標をお教えください。
休み休みではありますが、3年間ひとつの漫画シリーズを描き続けていることが今までにないことなので、まずは最後までしっかり描き遂げられるようにしたいと思います。私自身コーヒーが好きで、作中にも大事なアイテムとして出てくるので、もし機会に恵まれたら『稀有の海より』をイメージしたブレンドコーヒーを作ってみたいなという夢もあります。
――作品を楽しみにしている読者やファンの方へ、メッセージをお願いします。
私は内気で自己完結しがちな人間なので、積極的に感想を求めたりしないのですが、それでもTwitterやpixivなどでメッセージを頂くたび、喜びと嬉しさで胸がいっぱいになります。中には読者の方に言われて初めて気付いた発見もあり、ここまで深く読んでくださっているなんて!と驚いたりもします。
皆さんに一番お伝えしたいのは、この物語には正解も不正解もないということです。それぞれが感じたことが正しいので、お好きな形に落とし込んでくださればと思います。現在、来年のCOMITIAに向けて4巻収録予定の7〜8話を執筆中です。のんびりお待ちいただけたら幸いです。作品共々、今後もどうぞよろしくお願いします!
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