劇団ひとり、小説執筆は「無知ゆえに怖いものがない」“本業ではない”こその強み

小説では「純粋に物語に向き合っている」、お笑いは「本業だから色々考えなきゃならない」

劇団ひとり※ザテレビジョン撮影


――近年は様々な芸人さんが小説を出版されています。ひとりさんは「お笑い芸人が小説を書くことの強み」は何だと思いますか。

強みって言われちゃうとわからないけど、本業の小説家さんに比べたら、無知ゆえに怖いものがないというところはあります。自分が書きたいことを思い切って書けるというか。小説家さんであれば、「これはちょっとなぁ…」と避けたくなるような描写や展開があるかもしれないけど、それがないことが、僕にとってのいわゆる強みなのかもしれません。もっと言えば、これで別に家族を養っているわけじゃないですし、この本が売れないとどうしようもないってわけではないですからね。

――本業ではないからこそ、自分のやりたいように思うままに書ける、と。

はい。だから、子どもがクレヨンで絵を描いているのと、本質的にやっていることは変わらないんです。出版しておいて責任感がないと叱られてしまうかもしれませんが、本当に純粋に物語に向き合っている気がします。むしろ、お笑いのほうが本業だから色々考えなきゃならない。

たとえば、コンプライアンスのこととか、スポンサーのこととか、時間帯のこととか。そこはプロだから自分のやりたいことばかりやっていてもしょうがないわけで。世の中のニーズなどもありますしね。一方で、小説に関して僕はプロではないから、世間の需要を考えずに、自分のやりたいことをピュアにやっているだけですね。

年々厳しくなる“テレビのコンプラ”へも「フラストレーションは溜まってない」


――今、コンプライアンスのお話が出ましたが、やはりテレビのコンプラは近年厳しくなったという実感があるのでしょうか。

かなり厳しくなりましたね。僕がテレビに出始めの頃は厳しくなる前でしたから、ある意味、恵まれていたなと思います。もし僕が今、テレビに出始めの芸人だったとしたら、すごく苦しんでいたでしょうね。だって、自分のやりたいことが何もできないまま、審判を下されるわけですから。だからきっと、悔しい思いをしている若手はたくさんいるんじゃないですかね。

ただありがたいことに、僕がテレビに出始めた頃は比較的テレビが自由で、今だったら叩かれそうなことにも挑戦できました。その後キャリアを重ねて、番組でMCなどの立場あるポジションや、いわゆる“クリーンな仕事”を任さていただけるようになった頃に、ちょうどコンプライアンスが厳しくなってきたから、僕個人としては幸いにも運が良かったと思います。

――今のコンプライアンスが厳しくなったテレビで、自分のやりたいお笑いを表現できないジレンマはありますか。

いや、そこに対してのフラストレーションは溜まっていません。今まで散々好きなことをやらせてもらってきたので。あとは、自分の中でちゃんと「テレビ=仕事」という意識になってきたのかもしれないですね。

――ひとりさんの芸人としてのキャリアは、同じように小説を書き、その後、映画監督になったビートたけしさんとそのまま重なります。やはり、たけしさんが道を示してくれたことが、ひとりさんの創作活動に大きな影響を与えているのでしょうか。

そうですね。たけしさんがいなかったら、おそらく僕が映画を撮らせてもらうことはなかったと思います。たけしさんが「その男、凶暴につき」で映画監督デビューした時には、「なんで芸人が映画監督をやるんだ!」と相当バッシングされたみたいですし、それくらい当時、「芸人」という職業のポジションは高くなかったんですよね。

そんな中でレールを敷いてくれたのは、たけしさんに他ならないわけで、そもそもたけしさんが映画監督をやっていなかったら、いまだに芸人は誰も映画を撮っていなかった気さえします。たけしさんが「その男」をヒットさせて前例を作ってくれたからこそ、僕のような本業以外の創作活動に取り組む芸人に、周りが協力してくれるような環境ができ上がったと思うんですよ。

――今後、チャレンジしてみたいことは何ですか。

これまで様々な仕事をさせていただきましたが、演出業に関してはまだ取り組めていない部分がたくさんあるので、挑戦してみたいです。あと、僕は今まで人の人情を描くしっとりとした作品しか作ってこなかったから、もう少しライトだったり、爽快感があったりするような作品も手掛けていきたいと思っています。

文=こじへい

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