あなたは誰に共感する? 「沼」のような人間関係の行方『おいしいごはんが食べられますように』/佐藤日向の#砂糖図書館

2022/11/26 20:00 配信

アニメ 連載

佐藤日向※提供写真

声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像作品や舞台俳優としても幅広く活躍する佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本から受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。
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食事というのは人間に必要な要素のひとつで、"食べない"という選択をすることは難しい。せっかく食べるなら美味しいものを食べて満足したいと思うのが普通だと思っていたが、その考え方を改めさせられる作品と出会った。

今回紹介するのは高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』という作品だ。本作では、企業に勤める男女の仕事への向き合い方や、結婚に対する考え方の違いが、日常を切り取ったように一見緩やかに描かれている。

職場でなんとなくうまく他人との関係を築いてる二谷。
仕事をしなくてもそれが受け入れられ、皆が守りたくなる存在として扱ってもらうことが当たり前になっている芦川。
仕事への向上心がある反面、頑張らずとも認められる芦川へコンプレックスを持っている押尾。
沼に沈むようにじわじわと絡みついてくる人間関係が、「食」を通して複雑に、繊細に綴られているのが印象的だった。

まず、タイトルを読んだ段階では自分の中の固定概念で「きっとおいしい食事が登場する作品なのだろう」と思っていたため、読了後に内容とタイトルとのギャップに驚いた。タイトルにギャップを感じているということは、私は美味しく食事を食べられている証拠だし、「食事は美味しい方が良い」という考え方は、きっとこれからも変わらない。だが、作中で登場する二谷は食事をすることが面倒に感じるタイプで、野菜や肉魚を適量摂取するような、いわゆるちゃんとした食事を嫌っているタイプだ。

嫌っているのにもかかわらず、「結婚するんだろうな」と思い描くタイプは芦川さんのような弱くて守られるのが当たり前になっていて、料理を作るのが得意なタイプ、という矛盾がある。この矛盾に、私はなんとなく共感をしてしまった。二谷は結婚をしたいわけではなく、だけど結婚したくないわけでもないから、きっとするという考え方だ。

昨今は結婚に対しての考え方も変化しつつあるが、ゆくゆくは結婚出来たらいいなと漠然と思っている人の方が多いと思う。そして二谷が選んだ芦川さんは、世間が「こういう女性と結婚できたらいいよね」というイメージそのもので、結婚も食事もこだわることが面倒だから全て流動的に行う二谷の姿には、共感はできないにしても思わず納得してしまうような説得力があった。

私は本作を読んで、恋愛や結婚が自由なように、食事だって自由であるべきだし、自分が行う行動に対してなぜ他者から干渉されなければいけないのか、というメッセージが含まれているように感じた。コンビニの食事ばかりの人に対して「添加物ばっかり食べてたら体に悪いよ」と言われるのが余計なお世話に感じる人だっているだろう。そんなことは分かっているが、食事よりも時間のほうが大切だから作られたものを食べている可能性だってある。これは、食事に限った話ではない。「芦川さんは無理をしない。できないことはやらないのが正しいと思ってる。わたしとは正しさが違う。違うルールで生きてる。」という言葉が作中に登場するが、この言葉の通り、それぞれが生きていくうちに作ったルールは違うからこそ、相手にかける言葉は気をつけなければならない。

読了後、心にザラザラしたものが残る作品ではあったが、これからも"おいしいごはんを食べられますように"と思える自分でいられるよう生きていきたい。

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