いつまでも記憶に残る、人や街とのあたたかなつながり。『ひと』/佐藤日向の#砂糖図書館

2022/12/10 20:00 配信

アニメ 連載

佐藤日向※提供写真

声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像作品や舞台俳優としても幅広く活躍する佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本から受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。
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人との出会いを大切にする、ということは、簡単そうに見えて、実は難しかったりする。
出会いが他の方よりも多い職業だからこそ、年齢を重ね、経験を重ねていくのと同時に「お久しぶりです」と言える機会が増えていっていることに、度々感動を覚える。

今回紹介するのは小野寺史宜さんの『ひと』という作品だ。
本作は、主人公の母が亡くなったのをきっかけに、大学を中退するところから始まる。絶望をしたままではいけないと、商店街を呆然と歩いてる時にお惣菜屋さんで120円のメンチカツを手持ちの50円にまけてもらったことでご縁が生まれ、そこでアルバイトをすることを決め、さらには調理師免許を取ることを決意する。20歳の男の子が、大学を中退してから社会人として生きていくため奮闘する日々が、淡々とした口調で、でも温かく描かれている。

商店街に馴染みがある人、または田舎ならではのご近所さんのお付き合いがある人にはなんとなく伝わるであろう、都会ではなかなか感じられないコミュニティ、そして人同士の絶妙な塩梅の心の距離感。その独特な雰囲気に、正直私は憧れがあった。

というのも、生まれは山形、記憶がある幼少期の生活は新潟。でも小中高とレッスンに通ったり、オーディションを受けに行ったり、長い時間を東京で過ごしてきた私にとって、「慣れ親しんだ街」はない。

この仕事をしていると「子どもの頃の思い出は?」「地元について教えてください」と聞かれることが多々ある。そう聞かれると、私にとって帰ってきて懐かしいと感じられる居場所とはどこなのだろうかと、つい考えてしまうことがある。もちろん幼少の頃から続けてきた芸能の仕事には誇りを持っているし、あの頃から続けてきたから、今の私がいるのだと自信をもって言える。

だが、温かい人や街を感じる瞬間があると、どうしても寂しさを感じてしまい、ないものねだりだなとつくづく思う。そういった街に関しての思い出がない反面、私にはちょっと変わった土地の思い出がある。例えば、都内のとあるモスバーガーで時間を潰してからオーディションに行くと、受かる確率が60%くらいまで上がる。そのモスバーガーをでたタイミングでメガネをかけたキャリーバッグを引いた男の子と偶然すれ違うと80%くらいまであがる……というように、不思議なジンクスと紐づけた土地の思い出が、都内の至る所にある。

これは、都内に子どもの頃から母と2人で、小学生の頃からはひとりでオーディションに通っていたからこそ、できた思い出だと思う。今はありがたいことに声優のお仕事が増えてきているので、映像のお仕事をしていた頃に通っていた駅に降りると、一瞬でその頃の思い出が鮮明に蘇ってきて「頑張ってよかったな」と思える。

地元での繋がりはあまりないけれど、これまで出会った人との繋がりを大切にしてこられたから、何年か経った今も思い出せるのかもしれない。何か大きな事件が起きるわけでもなく、人と人の繋がりによって生まれる新しい未来。少しの変化。幸せは人によって違うけど、今の自分が大切にしたいと思うものを大事にしてあげられる自分でいたい、と思える。そんな本作を、美味しいコロッケ片手に是非読んでみてほしい。

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