2022年夏のリリース以来、ふと聴きたくなるアルバムに『ジャイアンのスーパーリサイタル』がある。国民的アニメ「ドラえもん」に登場する歌好きのガキ大将・ジャイアンこと剛田武が仲間たちと共に自慢のノドを披露しまくった一作だ。木村昴がジャイアンの声を担当して、2023年4月で満18年になるということで、声優業だけでなく、俳優として大河ドラマに2作連続出演が決まったり、音楽原作キャラクターラッププロジェクト“ヒプノシスマイク“でラップを披露したり、さまざまな顔を持つマルチプレイヤー・木村の魅力をエンタメ系ジャーナリスト・原田和典氏の視点で紹介する。
昭和の時代に「コロコロコミック」やテレビアニメを通じて「ドラえもん」の洗礼を受けた子どもなら、ある程度実感があると思うのだが、かつて、ジャイアンといえば凶暴で自分勝手だった。「こんな同級生が周りにいなくて良かった」と安心したハナタレ小僧は私だけではなかったと推測する。だけど母ちゃんの前ではひたすらおとなしく素直。歌を歌うことも好きだが、その前に音楽好きでもあるようで、1970年代に人気を博した英国のロックバンド“レッド・ツェッペリン”のTシャツを着ていたりするから隅におけない。妹のジャイ子はマンガ家志望だし、兄妹そろってアート志向ではあるのかもしれないが、ジャイアンの場合、バイオレンス志向がそれを上回っていたのだ、昭和の頃は。
機嫌のいいとき、ジャイアンは、のび太やスネ夫などをオーディエンスに、リサイタルを開いた。原っぱでの、土管や箱の上でのアカペラ歌唱だったと記憶する。マンガのコマには、“ホゲー”というフレーズが、歪んだ字体で描かれていたり、耳をふさぎながら苦しむ登場人物もいて、どれほど危険な音痴であるか、恐怖の音波であるかを深く濃く想像させた。が、いまのジャイアンは、マイルドで骨太で笑顔の似合うナイスガイだ。俺に任せとけよ、俺たち友達じゃないか。そんな頼もしい言葉すら似合う男になっていた。時代がジャイアンというキャラクターをそうさせたのかもしれないが、現行型ジャイアンには優しさと包容力とユーモアがブレンドされている。のび太やスネ夫と、温和なアンサンブルを描いている。
ジャイアンの声を担当する木村の両親はクラシック音楽の仕事に就いているというから、おそらく歴代の名歌手や名演奏家たちの音源や生演奏にたっぷりと触れて、音感やリズム感を磨いて育ったに違いない。そんな彼が、“音痴の代名詞”であるジャイアン役に選ばれたというのは不思議にも感じられようが、これ「のん兵衛の歌である“スーダラ節”を歌っていた植木等は実は下戸だった」に通じる、エンタメ界“あるある”である。逆に音楽の素養がないと中途半端になってしまい、音痴っぽく聞こえないのかもしれない。
男性声優たちによるラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」イケブクロ・ディビジョンの山田一郎役における鋭い切れ味も“木村昴の音楽活動”として欠かせないところではあるし、1月8日から放送が始まった大河ドラマ「どうする家康」(毎週日曜夜8:00-8:45、NHK総合ほか)には徳川家の家臣であり、“槍もトークも一級品”の渡辺守綱役で出演が決まっている。子役時代、大河ドラマの子役オーディションを何度も受けて落ちていた経歴の持ち主であることを考えると、2022年の「鎌倉殿の13人」から2作連続で大河ドラマに出演ということへの喜びはひとしおであろうし、今の彼は役者としても向かうところ敵なしといえる。英語やドイツ語に堪能なのも、今後の活動領域を広げることに大きく役立つに違いない。
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