「美味しそう」な”安彦エフェクト”を継承していくために――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」エフェクト作画監督・桝田浩史インタビュー

2023/01/26 17:00 配信

アニメ インタビュー

「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」(C)創通・サンライズ

2022年6月3日に公開された「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」。「機動戦士ガンダム」では、いわくつきのエピソードだった第15話を、当時のアニメーションディレクターでもあった安彦良和監督が劇場版作品として翻案するという試みは、大きな反響と商業的な評価とともに受け入れられた。

全てを失ったひとりの少年が、初めて出会った土地と人々とふれあい、そしてひとつの決断を下す。少年にとって忘れえぬ日々を描いた本作は、「機動戦士ガンダム」のエピソードの中でも異色のヒューマンドラマとなった。その本作のパッケージ版(Blu-ray&DVD&4K UHD BD)の発売に合わせて、キャストとメインスタッフのみなさんに本作を振り返っていただくことができた。

名作は永遠に語り継がれる――。本特集後編の2回目は爆発や破壊など、エフェクト(特殊効果)を担当したエフェクト作画監督・桝田浩史さんにお話を伺った。安彦良和監督のひとつの持ち味である、安彦エフェクト。その魅力を分析し、作品の中で再現する。桝田さんの仕事により、「ククルス・ドアンの島」の安彦純度は頂点まで高まった。全身全霊で本作に向かい合った、桝田さんにエフェクトに込めた想いを語っていただいた。

体力のギリギリまで根を詰めた、エフェクト作画の仕事


――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」が公開されて、しばらくの時間が経ちました。桝田さんにとって、この「ククルス・ドアンの島」はどんなお仕事でしたか。

桝田:これまで30年ぐらいアニメーターをやってきてエフェクトを専門にやってきたんですが、今回はもともと好きだった安彦(良和)さん(監督)のエフェクトを再現するということで、久しぶりに勉強して研究しながら作業に臨んだ作品でした。今まで開けていなかった引き出しを開けたりして、すごく新鮮な仕事でした。

――桝田さんはこれまでもいろいろなガンダムシリーズに参加されています。「ククルス・ドアンの島」にはどういう経緯で参加することになったのでしょうか。

桝田:数年前にプロデューサーの小形(尚弘)さんから「機動戦士がンダム THE ORIGIN(以下、THE ORIGIN)」に参加してくれないかというお話をいただいたんです。でも、そのときは別の仕事で忙しくしていたこともあって、参加できなかったんですよね。その後、完成した「THE ORIGIN」を拝見したら、西村(博之)さん(「THE ORIGIN」総作画監督)のキャラクターが安彦さんの絵を見事に再現していたのに、正直エフェクトがもの足りなかったんです。そのあと小形さんといっしょに飲んだときに、僕は酔っぱらってしまった勢いで「なんで安彦さんのエフェクトを再現してくれなかったんですか」と言ってしまったんですよ(笑)。そのときに小形さんから「じゃあ、桝田さんもやってくださいよ」と。その後に本当に「ククルス・ドアンの島」のオファーが来た。これはもうやらざるを得ないなと、参加することにしたんです。

――桝田さんが安彦監督のエフェクトと出会ったのはどんな時期だったのでしょうか。

桝田:僕がそもそもエフェクトに興味を持ったのは、安彦さんの「機動戦士ガンダム」を見たことがきっかけだったんです。子どものころだったんですが、トリプル・ドムの回(第24話「迫撃!トリプル・ドム」)を見て、その爆発にしびれたんですよね。当時のロボットアニメというと、爆発は赤と白の2色ぐらいで表現されていて、そのうえにせいぜいブラシが乗せられるくらいのものだったんです。ところがトリプル・ドムの回は爆発のエフェクトに4~5色が使われていて、実線は黒なんですが、そこにいろいろな色が混ざって、火球が黒煙に変わっていくアニメーションになっている。そんなことを当時やっている人はまずいなかったと思うんですよね。それが子ども心に衝撃で、しばらく頭から離れなくて。そのころはビデオもなかったので、思い出しながら模写していたんです。だから、僕のエフェクトの原点は、安彦さんのエフェクトだったんですよ。

――そうだったんですね。じゃあ、今回は念願のお仕事だったということですね。

桝田:そうなんですよ。だから、今回は安彦さんへの敬意をこめて、心血注いでエフェクトを描いていたので、この仕事が終わったときには10キロ体重が減っていました。

この作品のエフェクトについては、僕が責任を持つという立場でしたし、僕が失敗すると安彦さんに恥をかかせることになると思うと、もうプレッシャーを感じてしまって。しかも、僕も同い年の同業者の友だちに「絶対、安彦エフェクトを再現するから見てくれよ」なんて調子の良いことを言ってしまったんですよ。それもあって、制作最後の半年間はひたすら描き続けていました。

――そういうときに、スタジオでお話したり、ご相談する相手はどなただったんですか。

桝田:いやあ、孤独でした。スタジオに入ると、ほとんど誰とも話さずに、ひたすら机に向かって描き続けていました。僕はもともとおしゃべりなので、これまではスタジオに入ると誰かと話をすることでスイッチを切り替える感じがあったんです。でも、今回はコロナ禍ということもあって、スタジオに人があまりいなくて。1日中誰ともしゃべることなく帰宅するという日も珍しくなかったですね。実はスタジオにいるときに根を詰めすぎたのか、もどしてしまうこともあったくらいで……。そのときは大騒ぎになりましたが、コロナウイルスに感染したわけではなかったので、良かったです。

――すさまじい仕事ぶりだったんですね。ご自身の作業が終わった瞬間は、どんなお気持ちでしたか。

桝田:最後は、リテイク作業がちょこちょこ来て、いつ終わるかよくわからなかったので、実ははっきり仕事が終わったという実感がないまま納品になってしまったんです。そのあとに初号試写があったのですが、できあがった映像を見たときは、感無量の気持ちもあったんですが、個人的には自分のダメなところが目についてしまって。試写が終わったあとは、真っ直ぐ家に帰っちゃいました。本当だったら、安彦さんといろいろとお話したかったんですが、その場にいるのも辛かったんですよね。でも、公開が始まってから、たくさんの方が褒めてくださって。僕の先輩が何十年ぶりかに「良かったよ」と電話をくれたりして。あとあとになって良い仕事ができたのかなと実感できるようになりました。

美味しそうな安彦爆発を今の時代に再現するために


――あらためてエフェクト作画監督として、桝田さんが受け持たれたカットは具体的にどんなものだったのでしょうか。

桝田:基本的に派手な戦闘シーンの爆発やビーム、煙、瓦礫などエフェクト全般を全部担当していました。ただ、波など水の表現の部分は僕がどうしてもやりきることができなくて。本当はやりたいと思っていたんですけど、ほかの部分の物量が大きくて、田村(篤)さん(総作画監督、キャラクターデザイン)は僕以上に安彦さんの作画を理解されている方なので、田村さんであればということで。波のエフェクトは結果的に田村さんにお願いしていました。

――ビーム兵器の光線、実弾兵器の銃弾、爆発、飛び交う破片……。戦闘が激しくなればなるほど、桝田さんのお仕事量が増えていくわけですね。ビーム・サーベルやヒート・ホークなどは桝田さんのお仕事の範疇ですか?

桝田:ビーム・サーベルは3Dさん(3DCG)が、モビルスーツに棒のようなものを持たせてアタリを取ってくれているんです。そこにエフェクトを乗せています。

――腕が破壊されたり、シールドが破壊されたりといった部分はどこまで担当されていたんですか。

桝田:腕やシールドは3Dさんが作ってくれていたので、その破片などを手描きで描いていました。爆発するまでは3Dなんだけど、爆発してからはエフェクト作画に置き換わる。そこで飛ぶ破片や瓦礫もエフェクト作画、という感じですね。

――そうなると、3DCGと相当絡んでくるんですね。

桝田:そうですね。最初はエフェクトだけを追求できる楽しい仕事になりそうだと思っていたんですけど、いかんせん物量が思った以上にすごかったですね。ただ、今回の3D(モビルスーツなど)を担当してくださったYAMATOWORKSの森田(修平)さん(3D演出)は、2Dアニメーションをすごく理解されている方で、こちらが作業をしやすいように考えてくれて、大判(大きな紙サイズの原画)になりそうなところも工夫して小さな紙でプリントアウトしてくださったり、動きのタイミングを付けてくださったりと配慮してくださいました。どう絡むか、どう重なるかみたいなテクニカルな部分はYAMATOWORKSさん側も理解してくださったので、とても助かりました。

――最初に受け持たれたカットはどのカットでしたか。

桝田:最初のカットは市街戦でした。ドアンが回想するシーンで、ビルに着弾するカットが最初でしたね。あの回想カットはメカも手描きですし、3DCGさんの作業が始まる前に、先行して作業を進めていたんです。ただ、この時点ではまだ試行錯誤がありました。何十年もやっていた自分の手癖がどうしても出てしまう。その手癖を消すことがすごく大変でした。なるべく柔らかくしようと思っても、どうしても硬くなってしまうので。


――ぜひ、ここをお聞きしたかったんですが、安彦監督のエフェクト、安彦監督の描く爆発とはどんな特徴があるものなのでしょうか。

桝田:安彦さんのキャラクターもエフェクトも動きが柔らかいんです。とくにエフェクトは……美味しそうなんですよ。

――美味しそう!?

桝田:爆発のときは赤色にピンク色も混ざってソフトクリームみたいで美味しそうなんです。子どものころに安彦さんの爆発を見たときにそう感じて。今回も、あの美味しそうな感じをなんとか再現したいなと。「美味しくなれー美味しくなれー」と思いながら描いていました。

――舞台挨拶では、その「美味しそう」という言葉に田村篤さんも反応していましたね。

桝田:そうなんですよ。この作品の現場に入る前に、田村さんとプライベートで飲んだことがあって、そのときに「安彦さんのエフェクト美味しそうなんだよね、なんででしょうね」と話をしていたんです。そうしたら、田村さんも「僕もそう思っていたんです」とおっしゃっていて。

――まさしく安彦監督の画に向かい合ってるおふたりだからわかる共通言語ですね。

桝田:エフェクトの作画には流行がありまして、最近の若いアニメーターは、ああいう柔らかいエフェクトをなかなか描かないんですよね。最近はスタイリッシュなエフェクトが主流なのですが、安彦さんのエフェクトのように柔らかく描こうとすると丁寧に一枚一枚描かないといけない。今回は、そういうところを注意して描いていました。

――時代にあわせて表現手法が移り変わる中で、今回は80年代のエフェクトをよみがえらせようとしたわけですね。

桝田:僕は安彦さんの作品の中で「クラッシャージョウ」が一番好きなんです。あれを何度も観て。ビデオが壊れるんじゃないかと思うほど繰り返して観ているんですが、やっぱり再現するのは難しいですね。「機動戦士ガンダム」の原画集も見ているんですが、タイミングはどうしてもわからない。どんなタイムシートになっているのかわからなくて、そこは自分で考えるしかなかったんですね。

――じゃあ、安彦爆発のタイミングを目でコピーして、今回は描かれていたんですね。

桝田:それが……実は最後の最後にその秘密がわかったんです。

――おお!

桝田:最後の最後にどうしても時間がなくなってしまって、安彦さんに一部のエフェクトのラフ原画を描いていただいたんです。そうすると、そこには当然、安彦さんが描いたタイムシートがついてくるわけです。それを見させていただいて、腑に落ちるものがありました。ああ、もっと早くからこれを観たかった!

――秘伝のレシピをとうとう手に入れたわけですね。

桝田:そうなんですよ。爆発の出だしは、最近は原画で全部描くことが多いんですけど、安彦さんのタイムシートによると、最初から中割りをバンバン入れているんです。だから、もわっとした感じになるんだなと(たくさん中割り=動画を入れることで、なめらかな動きになる)。本当に、もっと早くそれを見たかったですよ。プロデューサーに「そのラフ原画とタイムシートを全部ほしい」とお願いしたんですが、さすがに断られました(笑)。


クリアファイルに残された、安彦監督からのひと言


――今回はとても大変なお仕事だったかと思いますが、「ククルス・ドアンの島」で桝田さんが一番手間をかけて、時間をかけて描くことができたカットやエフェクトはどんなものですか。

桝田:アバンの作業はかなり早い段階から作画を始めていたので、手間をかけて試行錯誤ができたんです。ジムが放ったミサイルが爆発するカットはアバンで最初に来たカットだったと思うんですけど、あれは1カットに1~2週間をかけて描いたんじゃないかな。相当時間をかけていました。でも、描いては捨て、描いては捨て。アバンはひたすら試行錯誤していましたね。

――アバンはジムとザクの大戦闘でしたよね。破壊と爆発のスペクタクルで。煙を突き破って出てくるザクはとくに印象的です。

桝田:煙、描きましたねえ(笑)。アバンは3DCGのメカ以外は、ほぼ全部こちらで作画していますからね。ガンペリーが爆発するところの炎はかなりこだわって描いたんですが、いかんせん尺が短くて。せっかく良い感じのリピート(一定の動きを繰り返す作画)を描いたのに、ちょっとしか画面に出ていなくて。それが残念でしたね。もうちょっとじっくり見ていただきたかったんだけど。

――Bu-rayやDVDのパッケージでは、そこもじっくりと見ることができるかもしれません。

桝田:アバンはかなり力を入れて作業をしていたので、実は時間をかけすぎて、制作進行さんからも締め切りを突かれたんですよ。でも、冒頭だし、作品のつかみになるところだから、もうちょっと時間が欲しいとお話したんです。

――「冒頭10分公開」、「クルス・ドアンの島」でも公開前に先行公開を実際にやってましたね(笑)(公開日の4日前の2022年5月31日に配信)。

桝田:「それを見て、劇場に足を運んでくれる人もいるかもしれないから、もうちょっと時間をください」と。そういってお時間をいただいたこともありました。

――ご自身が満足しているカットやエフェクトはありますか。

桝田:先ほどアバンは試行錯誤できたという話をしたんですが、1カットだけ、ザクが煙の中から出てきてヒート・ホークで斬りつけて、ジムが爆発するカットが都合で後回しになっていたんです。ここは僕もちゃんと描きたいなと思っていて、最後の最後に描くことになりました。そのときは時間がほとんどなかったんですが、安彦さんのエフェクトがだいぶ手になじんできていたので、思いのほか自分でも上手くいったなと感じました。そのときは自分の成長というか、1年やってきた成果が出たのかなと思いましたね。1年前だったら、こねくりまわしていたかもしれない。勢いでバーっと描くことができて、良い画面になったなという感じがありました。

――「ククルス・ドアンの島」本編では最後に多弾頭ミサイルが発射されます。こちらはロケットの発射シーンとも言えるシーンでしたが、こちらのエフェクト作画はいかがでしたか。

桝田:エフェクトアニメーターにとってロケットの発射シーンというのは力が入るところなんです。でも、今回はリアルに描くわけではなく、安彦さんだったらどんなふうに描くだろうと考えながら。リアルというよりもグラフィカルに。安彦さんが描くだろうデザインとして煙を描いていました。

――僕ら今の視聴者はリアルであることをついありがたがってしまいますが、アニメーションの醍醐味はリアルなだけではないですよね。

桝田:いや、70年代の安彦さんのエフェクトは、当時としてはリアルだったんですよ。火球が炎を巻き込んで黒煙になっていくという表現は、70年代80年代当時に描いていたのは安彦さんしかいなかったと思うんです。それが主流だったんですよね。丁寧にリアルに描いたのは安彦さんだけだった。それを板野一郎さんが受け継いで、さらに進化させてよりリアルにしていった。それをさらにいろいろなアニメーターが受け継いで、リアルな表現になっている。そういう積み重ねがあるんですよね。それをあらためて感じました。

――時代におけるリアル感が変わっているんですね。それが今、70年代のリアル感を再現することで、新しい意味や価値が生まれているということが興味深いです。桝田さんが舞台挨拶に立たれたとき(スタッフトークイベント第3弾、2022年7月14日実施)に、安彦監督からメッセージをいただいていましたよね。「桝田さん、僕は謝らなきゃいけないことがあるんですよ。スケジュール的に詰まってきたので、お役に立てればと思って手伝ったんだけれども、せっかくのクオリティを崩してしまった。あなたのクオリティが高すぎたんですよ」と。安彦さんとのやり取りで印象に残っていることがあればお聞かせください。

桝田:実は、コロナ禍ということもあって安彦さんはずっとご自宅で作業をされていたので、直接顔を合わせることはほとんどなかったんです。それはすごく残念だったのですが、僕の作業を信頼してもらえたのか、安彦さんがチェックした原画に「桝田さんよろしく」とひと言だけメモが書き込まれていたんです。すごくプレッシャーを感じたんですが、同時に、すごく嬉しくて。思わず、そのメモを一枚ずつコピーしてクリアファイルに挟んで大事に取っておきました(笑)。

――「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」はずっと語り継がれていく作品になるかと思います。制作を終えられて、この作品にどんな思いを抱かれていますか。

桝田:若い人がこの作品をご覧になって「安彦さんのエフェクトって良いじゃん」と思ってもらえればいいなと思います。公開後に「ファーストガンダムを初めて見ました」という若い子の話を聞いたことがあるんです。もし、この作品から「機動戦士ガンダム」に興味を持ってもらえたら、うれしいです。

取材・文=志田英邦

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