「乗船者」として、新たな傑作ミステリーに没入してみよう。『方舟』/佐藤日向の#砂糖図書館

2023/01/28 20:00 配信

アニメ 連載

佐藤日向※提供写真

声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像作品や舞台俳優としても幅広く活躍する佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本から受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。
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久しぶりに、「イヤミス展開」のミステリーを読んだ。

イヤミス特有の、読了後に先の展開を自分で想像する感覚とともに、犯人と一緒に秘密を共有してしまった、そんな気がしてしまう不思議な作品と出会った。

今回紹介するのは、夕木春央さんの『方舟』という作品だ。
ミステリー好きの方はもう読了しているかもしれないが、ラストの展開で人間の怖さや現実を突きつけてくる、ミステリーの枠に留まらない作品だ。

本作は、サークル時代の仲間たちと集まった7人の社会人と3人の家族が、とある地下施設に地震の影響で閉じ込められ、地盤の変化から地下施設が浸水し始めるところから始まる。

脱出をするためには岩を動かすことが必要で、誰か1人を犠牲にしなければ生き残ることはできない。そんな中でサークルメンバーの1人が殺害されてしまう。
浸水をする前に生きて地下施設をなるべく多い人数で助かるためには犯人を見つけ出し、犯人が犠牲になる必要があると犯人以外が考えている中、生死が関わることでわかる人間の本質や、犯人がわからない中での疑心暗鬼の空気感が、ジワジワと読者側にも侵食してくる作品だ。

「ネタバレなしで読んでほしい」「ラスト12ページに驚かされる」と評価の高い本作だが、その言葉の通り、ラスト12ページからのサイコホラー的展開にはページを捲る手が止まらなかった。作中には、所謂シャーロック・ホームズとワトソン的立ち位置のキャラクターがいる。彼らの言葉を聞いていると、まるで自分が救われることを信じて疑わない姿が、読者側にも安心感を与える。その安心感すら疑わなければいけない、読者も方舟乗船者の1人だと問いかけてくる感覚が恐ろしかった。特に恐ろしかったのは犯人の思考だ。

"憎まれっ子世に憚る"という言葉があるが、これは本当にその通りだと私は思う。そう強く感じてしまう2022年だったからだ。

もちろん善を行うことで良いことが返ってくる人もいるだろうし、努力を認めてくれる人もいる。だが残念なことに、冷静で計算が出来るタイプの人で逃げ切ることが得意な人もいる。受け取り手は、されたことへの驚きが隠せず大事件が起こってしまったと思い、パニックになってしまうが、事件を引き起こす張本人にとってそれは日常茶飯事で、事件ではないのだ。去年の学びは深呼吸をする、だ。

「事件だ!大変だ!」と慌ててもまわりに状況は上手く伝わらないし、まるで競馬の逃げ馬のように逃げ切ってしまう人を追いかけたところで、捕まえることは到底不可能である。
犯人の心理を読めば読むほど、敵わない相手とはなるべく出会わない方が吉だし、出会ってしまったら反対方向へと逃げるのがベストなのだと思った。
生きているうちにそういった経験は何度かあるはずだ。私が"憎まれっ子"ではない可能性というのも勿論ないと断言することは出来ないが、本作を読むと、自分の意見を何が何でも押し通す怖さを改めて知れた。

イヤミスが好きなミステリー好き、そして人間関係を観察したい人にとっては至極の一冊。是非「方舟」に乗船して、体感してほしい。

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