プロレスラー・武藤敬司の引退試合が行われる「chocoZAP presents KEIJI MUTO GRAND FINAL PRO-WRESTLING “LAST” LOVE ~HOLD OUT~」が2月21日、東京ドームで行われる。武藤は「一番のライバルはグレート・ムタだった」と語る武藤。自身の引退試合に内藤哲也を選んだ理由について、「最後の最後までレスラーである以上、あくまで“現代”、“今”を追求したかった」と明かす。また、長年にわたる自身のプロレスラー人生の功績について、「人材は残せた」「プロレスというものを守ってきた」と振り返った。
――1月22日には“悪の化身”であるグレート・ムタの引退試合が行われましたが、ご自身の引退試合とでは、やはり心境は違いますか。
ムタの気持ちを考えると、あの時、めちゃくちゃ痛かっただろうなって思う。何てったって、試合の序盤で痛めちゃったわけだからさ。そこから無理してリングに上がってたから、余計悪化しちゃったみたい。試合の翌日にCT撮ったら、大腿屈筋のハムストリングが肉離れを起こしてて。
ただ、アメリカからスティングと若手のチャンピオン、ダービー・アリンが来てくれて、すごいいい空間だったのは確かですね。対戦相手の白使もいい味出してたし。ただムタの場合は、どうしても、1月1日の中邑真輔戦がクローズアップされる。あの試合の評判が良くてね。
――たしかに、ムタVS中邑戦は“奇跡の一戦”と称されるほどの名勝負でした。
武藤敬司のキャリアを振り返って「一番のライバルは誰だったのか」と考えると、やっぱり、グレート・ムタなんですよ。シンスケ・ナカムラ戦で、ムタがすごく評判のいい試合をしたことに、やっぱり武藤敬司はジェラシーを抱いているわけです。
――武藤さんはムタに対して嫉妬していた、と。
いつもそうだったよ。1990年代の新日本プロレスは全国各地でドーム興行をしてたけど、大きいキャパの会場でイベントを打つとなると、グレート・ムタばっかり出てきてさ。それに、IWGP(ヘビー級王座)のベルトを獲ったのも、ムタが先だしね。なので、武藤敬司っていうのはムタに対して、非常にジェラシーを抱いているんだよね。
――ご自身の引退試合の対戦相手に、内藤哲也選手を選んだ理由をお聞かせください。
引退試合をするにあたって、ファンの中では昔の思い出を振り返るような対戦相手を望む声も上がってたんだよ。「高田さん(延彦)を呼んでほしい」とか「蝶野(正洋)と戦ってほしい」とかさ。ただやっぱり、最後の最後までレスラーである以上、あくまで“現代”、“今”を追求したかったんだよね。
――内藤選手は武藤さんの大ファンで、多大な影響を受けたことでも知られています。
そうらしいね。俺は全日本(プロレス)やWRESTLE-1で経営者をやってた時に育成もしてたから、俺の遺伝子を継いでるレスラーっていっぱいいるんだよ。だからって、あんまり弟子と距離が近くても嫌なんだけど、その点、内藤はいい距離感だなと思う。そういえば内藤って、1995年の高田延彦戦を見てプロレスラーになりたいと思ったみたいだね。やっぱり、せっかく引退試合を東京ドームでやる以上、俺だって何かを残したい。だからこそ、内藤と俺の試合では、内藤に憧れてプロレスラーになりたいと思う若者が出てくるようなプロレスをしたいよな。
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