稲葉浩志、デビュー35周年を機に、自身の作詞活動の原点を回顧「最初はもう苦闘の歴史。正直、苦しかった」

2023/02/27 19:05 配信

音楽 インタビュー 独占



当時のプロデューサー・長戸大幸さんの言葉で弱点に気づかされた


――当時の作詞のやり方はどういうものでしたか?

「曲によって本当に違うんですけど、例えば誰かのことを思い浮かべながら書く、っていう歌詞もあったと思いますね。歌詞に英語が入っている曲は、もしかしたら仮歌に入っていた英語がそのまま残っているケースかもしれません」

――作品集の撮影の際に作詞ノートを拝見しましたが、ガムテープで補強されたりして、一冊のノートをものすごく使い込んでいましたね。

「あれは古いからああなっちゃったんです(笑)。スマホを使うようになるまでは、基本はもうずっと同じスタイルで。レコーディングをしている時期が多かったんで、ノートをカバンに入れて持ち歩いている時が多かったですね」

――結果的に作品集ができるほどたくさんの歌詞を生み出すことになりますが、そのエネルギーはどこから湧いてきたのでしょうか?

「1枚目(『B’z』)をレコーディングした時、全部書けなくて、1曲は亜蘭知子さんにお願いしたんです。そのレコーディングが終わってすぐ2枚目(『OFF THE LOCK』)のレコーディングが始まったんですよ。『出し切ったな』というところでもう次がスタートしちゃって(笑)。そこから急に変わるわけじゃないけど、1枚目をやり切ったことで、対処の仕方が少し身についたのかもしれないです。決して楽じゃなかったですけど」

――やっぱりその頃は「やらねばならぬこと」みたいな。

「そこに迷いはないというか、もうやるしかないっていう。1枚目をやった時には、とりあえず形になって出せたんですけども、2枚目に入った時から、長戸さんの詞のチェックが厳しくなったんです。当時、ビーイングにはいろいろなアーティストがいて、ブルースミュージシャンとか、スタッフにも元ミュージシャンの人が非常に多くて。夜中までずっとレコーディングをしていた時に、途中まで書いた詞を持ってオフィスに行ったら、元ミュージシャンのスタッフだとかがみんないて。車座になって、ああだこうだって、もう夜中に(笑)。詞に対して、みんなで意見を言って、今思い返すとめちゃくちゃクリエイティブだな、って思うんです。みんな、だんだん恥ずかしいようなアイデアもどんどん気持ちがノってきて言うんですよ。で、それに対してまた誰か何か言って」

――長戸さんをはじめとするスタッフの人たちの稲葉さんの歌詞への指摘はどんなものでしたか?

「『面白くない。なにが言いたいの?』っていう。僕が曲ごとに選んでいるテーマも、無理やりひねり出したようなもので、あからさまになにかを表現することに、気恥ずかしさや抵抗があったのか、壁があったのか…、わからないですけど。みんな『あと一歩を踏み出せてない、そこを越えてほしい』みたいなところがあったと思うんですけど、『越えてこない』みたいな感じだったと思うんです」

――クリエイティブな視点が複数入る良い機会ですね。

「みんな元気だったなぁと思って。気付くと朝なんですよ。で、みんなは言うだけ言って、もう寝ているっていう(笑)。その場で歌詞は出来上がらないので、僕は『なるほど』っていうところで持ち帰ってまた考えて書いて。それを何回か繰り返す感じで一曲ずつ完成させていったんです。その頃は(徹夜をして)いつも朝の六本木を歩いていたイメージがありますね。討論して、焼肉を食べに行って(笑)。まぁ、当時よくやっていましたね。逆に今それをやったら面白いんじゃないかなと思い始めました」

――長戸さんから言われて、一番覚えている言葉は何ですか?

「その座談会は、2枚目のときに一番やっていたんです。いろいろなスタッフがいて、それぞれ面白いことを言ったりするんですけど、特に長戸さんは、やっぱり気持ちが少年というか若いというか。今覚えているのは、(歌詞の束から探しながら)『夜にふられても』の『まだ一台も抜かれてないよ』っていうフレーズ。これは長戸さんから言ってもらったフレーズなんです。すごく少年っぽい、負けん気の強さをうまく表せているな、と当時思ったことを覚えています。いい意味での子どもっぽさとか、子どもが持っている忖度のない意見というのが、当時の僕が表現できていなかった一番のウィークポイントだったと思います」

――「まだ一台も抜かれてないよ」というフレーズの「少年性」が印象的だったと。

「『まだ一台も抜かれてないよ』っていうフレーズに関しては、僕はそうは思わない性格なんです。それってすごくやんちゃなフレーズじゃないですか。『そんなところで自慢しているの?』みたいな。それが出てこなかったな、という風に思ったことを今でも覚えているんですよ」

――リアルな稲葉さんとはちょっと離れたキャラクターの言葉ということですよね。初期から自分とは違ったキャラクターで歌詞を作ることもあったのでしょうか?

「曲の中で、そういうキャラクターが出てくるんです。だけど、当時はアーカイブやストックがなかったので、座談会の時も、ずっと『なるほど、なるほど』『いいですね』『ああー』って(笑)」

――当時、稲葉さんにとって作詞は楽しかったですか?

「正直、苦しかったですね。1枚目より2枚目のほうが大変だったかな。(座談会は)みんな一応言うだけ言って『後は自分で考えて』っていうことじゃないですか。作詞教室じゃないし、作詞の正しいやり方みたいなものに陥ってもしょうがないし。それじゃあ、わざわざ自分が書いている意味もないわけで。だから、自分なりに何回も書いては消して、書いては消して、というようなことをやって」

――型にはまったものよりは、稲葉さん自身が書いている意味があるもの、という点は一貫されていたんですね。

「そうですね。基本、やっぱり歌う人が書かなきゃダメ、っていうことでしたね」
(取材・文=宗像明将)

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