美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は、浦島太郎について考えるショートストーリーです。
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昔々あるところに浦島太郎という人がいた。それを、俺だとする。
浦島太郎こと俺は浦島太郎でもあるので漁師であるわけだが、この浦島太郎という漁師は俺でもあるので日がなぼんやりとしては釣り糸を絡ませ、ほどいては絡ませ、しまいにはくちゃくちゃに固くなった糸の塊ごと切って片付けて、またぼんやりしていた。
浦島太郎こと俺は海を見ることが結構好きだ。しかし海沿いに住んだことはなく、たまのたまに見るから好きなのかもしれないし、あるいは何年経とうと好きなのかもしれない。漁師として生まれ育てば見飽きるのかもしれないが、漁師こと浦島太郎こと俺は俺こと浦島太郎こと漁師であるため海を見飽きていない。
ある日、今のところ見飽きていない海を眺めていたら子どもらの声が聞こえた。聞こえた方向に目をやるとよってたかって亀をいじめている。砂浜にいるからやっぱり海亀なんだろうか。ところでアカウミガメだろうか、アオウミガメだろうか。それともタイマイだろうか。赤い亀、青い亀と来てタイマイと名付けた人はどういうつもりなんだろう。
俺こと浦島太郎は俺なので、こういった状況に似た童話を知っている。そのステップ1が、亀を助ける、だということも知っている。あ~助けるやつね、と頭では分かっているのだ。でもほら、なんというか、声が聞こえる距離で、歩いて10秒くらいの距離ではあるのだが、座ってるしな、俺。立った状態から50メートル歩くのと、座った状態から立ち上がって1メートル歩くんじゃあ、全然違うからね。助けたとて良いことないしな、別に。シミュレーションしてみよう。
「そこな君たち何をしているのかね」
「亀をいじめてんだよ!」
ストップ。どうしようもなくない?悪事を働いてる自認がある子どもなんて無敵じゃん。確実に舐められる自信もあるし。もっとこう、妄想なんだから、都合良く考えてみよう。
「君たち、亀をいじめるな」
「ああ、僕たちはなんてことをしてしまったんだ!今すぐ取り止め、この行いを恥じ、僕らを改めてくだすった貴方様の像を彫らせてください!」
ストップ。都合が良すぎる。限度ってものがある。そもそも元の童話はどうしてたんだっけ、確かお金を渡していたような気がする。知らない亀のために知らない子どもにお金渡すかな。渡さないよな。亀を叩く→お金が貰えるという一連のアルバイトだと解釈される可能性もある。もっと現実的に考えよう。
「あの~、亀ね。亀。あんま、ね、生き物だからね。叩くとかはね、あれだよね」
唐突にくたびれた風体の男がしどろもどろに話しかけてきたものだから、子どもらは関わってはいけない人間だと察知して一目散に逃げ出した。
「助けてくださってありがとうございます!」
なんと、亀が喋り出したではないか。
「え?ああ~、助けたっていうか、ね。亀も喋る時代が来ましたよ~、つって。へへ」
目も合わせずに意味の分からないことをモゴモゴと喋る男を見て、亀は感謝の気持ちも忘れて一目散に海の底へ帰って行った。
ストップ。......まあ、亀も無事に帰れたことだし、いいか。さて、今のを実行するかしまいか...
気付くと子どもらの声は消え、辺りは荒い波同士が立てている音だけになっていた。さっきまで声のしていた方を見てみると、甲羅をぱっかりと割られた亀の死体が砂まみれになって置き去りにされていた。
切って捨てた釣り糸の塊が亀の横をころころと転がっていくのを、飽きもせずに眺めていた。
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