「性暴力被害者の声だけで戦わせたくない」NHK『性暴力を考える』チームが報道で目指す未来

「その性的行為、同意ありますか?“新たな刑法”が問いかけるもの」が放送(C)NHK

6月19日(月)夜7時30分よりNHK総合にてクローズアップ現代「その性的行為、同意ありますか?“新たな刑法”が問いかけるもの」が放送される。6月16日には、刑法改正により初の「不同意性交等罪・不同意わいせつ罪」 が成立し、同意のない性的行為は性暴力であるという事実が改めて示された。NHKでは2019年に「性暴力を考える」チームを立ち上げ、さまざまな性暴力の実態や被害者の苦しみについて継続的に報道し続けている。約4年間にわたってこの問題に向き合い、「クローズアップ現代」11本、「NHKスペシャル」1本などの特集を制作してきたチームメンバーに、これまでの歩みや手ごたえ、取り組みへの思いについて聞いた。

番組を1回放送するだけでは、社会は変わらない


NHK「性暴力を考える」チームが立ち上げられた2019年は、4件の性暴力事件で相次いで無罪判決が下り、全国でフラワーデモ(性暴力根絶を訴えるデモ)の声が上がった時期だった。

「その問題を扱った『クローズアップ現代』の放送(「“魂の殺人” 性暴力・無罪判決の波紋」、2019年5月16日放送)で、通常より10代女性の視聴が多かったんです。それを見たときに、もしかしたらご自身も被害に遭って、誰にも言えずにいる方が観ているのではないかと考え、一度で終わらせてはいけない、継続的な発信をしていきたいと希望しました」(飛田陽子ディレクター)

こうして「性暴力を考える」チームは、NHK特設サイト「みんなでプラス」の取り組みのひとつとなった。「みんなでプラス」サイトには「これからの社会を考える上で避けて通れないテーマについて、継続的に情報を発信し課題解決につなげていく」とある。

「番組を1回放送するだけでは、社会は変わらない。『みんなでプラス』では、サイト上で公開するウェブ記事に、当事者をはじめとする読者の方がコメントを寄せてくれるという双方向のコミュニケーションをとりながら、都度番組を放送していく形をとっています。番組はゴールじゃなく、プロセスにすぎない。その積み重ねによって、性暴力の無い社会の実現に向け、1ミリでも良い方に進んだらいいなと思っています」(久木元太チーフ・プロデューサー)

「みんなでプラス」では原則毎週金曜日、性暴力にまつわる独自記事を更新しており、既にその数は216本にものぼる。テーマも「盗撮」「リベンジポルノ」「子どもの性被害」「男性の性被害」など様々だ。

「SNSでも性暴力について匿名で声をあげることはできますが、心ない声や不当な誹謗中傷にさらされてしまうケースもあります。『みんなでプラス』は立ち上げ時から、とにかく被害にあった方が安心して思いを打ち明けられる場を作ろうということで運営してきました。その結果、被害者の方の声が多数集まっています」(飛田D)

「過去には『死にたくなることが重なっていた中で、ふと記事のことを思い出して、自分の他にも頑張っている人がいるんだと思うことができた』という当事者の方の声や、娘さんが被害に遭ったご家族からの『記事を読んで本人には聞けない娘の気持ちがわかり、関係の変化につながった』という感想を頂きました」(村山かおるディレクター)

クローズアップ現代「“魂の殺人” 性暴力・無罪判決の波紋」より(C)NHK


取材の心がけは「ひとりの人間として接する」「ジャッジや一方的なアドバイスをしない」


チームメンバーは性被害に関する専門家や医療者ではないからこそ、取材の中でぶつかる困難もある。

「私はずっと自分の無力感を感じています。今まで取材した被害者の方で、被害を忘れて、心の底から笑って生きているという方は本当に少ないです。以前、高校生のとき教員からわいせつ被害を受けた方にお話を伺いました。その方はPTSDによって、教科書を開くとフラッシュバックして勉強ができない状況で『何もできなくなってしまった。これから私はどうやって生きていけばいいのでしょうか?』と聞かれたことがあります。見ていると既にすごく頑張っているのに…『大丈夫だよ』みたいにきれいごとの言葉はかけられないし、何と答えればいいのかわからなくて、とても悩みました」(村山D)

性暴力被害者に直接取材することが多いからこそ、二次被害を起こすことがないよう丁寧なコミュニケーションを心掛けているという取材チーム。どんなことに留意しているのだろうか。

「被害者の方に対して、ひとりの人間として接することを心がけています。性暴力というのは、被害者の方の感情や意思をないがしろにして、主体性や尊厳を奪う行為。自分の意思が相手に通じないという経験をされてきた方だから、取材するときには、その方自身がどうしたいかを丁寧に聞きます。取材の方法や場所についても選択肢をたくさん提示して、安心して話せる環境を選んでもらう。『かわいそうな人』とか『運の悪い人』ではなく、ひとりの人間として接することが大事だと思います」(村山D)

「ジャッジや分析、一方的なアドバイスをしないということを意識しています。これは被害者のご家族やご友人にもよくある例なのですが、被害について打ち明けられた際に、動揺したり、なんとかしてあげたいという気持ちから『〇〇したほうがいいんじゃない』『〇〇だったからじゃない』など、色々と言ってしまうことがあります。でも人から言われるようなアドバイスは、被害者の方ご自身で既に考え尽くしていることが多い。それを改めて言われることは二次被害につながる。取材時にもこちらの意見を言うのはできるだけ避け、まずはただ聞いて、どうしても確認の必要がある内容だけを尋ねるようにしています」(飛田D)

クローズアップ現代(C)NHK