音楽評論家・宗像明将が語る“素顔の稲葉浩志” 初作品集収録の“異例”15時間インタビューを終えて

2023/07/07 13:00 配信

音楽 インタビュー 独占

撮影に同行して垣間見えた稲葉浩志、読書家の一面

【写真を見る】初の作品集を刊行する稲葉浩志。眼鏡をかけた貴重なカットも(C)平野タカシ/「シアン[特装版]より」

——「シアン[特装版]」のフォトブックに収録される撮り下ろしの写真は、埼玉・所沢の「ところざわサクラタウン」と神奈川・横須賀で撮影。同行もされたそうですね。
印象的だったのは、ところざわサクラタウンの角川武蔵野ミュージアムの本棚劇場での撮影です。本棚劇場には、その名の通り膨大な蔵書があるんですが、稲葉さんがちょこちょこ本を手に取って、「これ読んだな」とおっしゃっていて。その本も、アンソニー・ボーディンの「キッチン・コンフィデンシャル」だったり、ピーター・シスの「かべ 鉄のカーテンのむこうに育って」だったり。

撮影用に持ってきてくださった本も含めると、ホップスの「リヴァイアサン」、ジャック・ロンドンの「白い牙」、ジョセフ・コンラッドの「ロード・ジム」、小川隆夫の「マイルス・デイヴィスの真実」、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」、F・スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」、コーマック・マッカーシーの「すべての美しい馬」、吉川英治の「宮本武蔵」などなど、ジャンルが広くて驚いたんです。明らかに読書家じゃないですか?

——確かに。
でも、ご本人はそんなことはないと。長いツアーの移動で本を読んでいたからだと。そういう姿勢がまたかっこいいなと思いました。私なら、きっと読書家ぶってしまいますから(笑)。

——(笑)。
本棚劇場では、稲葉さんの作詞ノートや筆記用具を見ながら、動画インタビューを撮影したんです。びっしりと書きこまれたノートを見ると、作詞への情熱や葛藤がそのまま刻まれていて、稲葉さんのパブリックイメージとは異なるパーソナルな面を見たように感じたんです。

——15時間向き合った宗像さんだから感じた稲葉さんの魅力とはどんなものでしょうか?
非常に謙虚で理知的な方ですよね。それでいて、自分のことを「くよくよしてる人間」だとも言うし、歌詞に「田舎出身の一青年」が出てくるとも表現されるんです。今風の言葉で言えば、稲葉さんは決して自己肯定感が高い方ではないかもしれないし、稲葉さんの抱え続けている少年性が、今回の10万字インタビューの重要なテーマだと感じていました。稲葉さんほどの成功者が、ご自身について往生際が悪いと言うんですよ。そういう葛藤も表現されてきたことが、歌詞に対して多くの人が共感する理由のひとつなのではないかと思うんです。

——数多くのアーティストと向き合う宗像さんが感じた稲葉さんの特異性があれば教えてください。
大スターとしてステージに立ちながら、俗世とは離れた個の部分を持っているのが稲葉さんだと思うんです。でも、歌詞は内面に入り込みすぎることはなくて、ちゃんと大衆性もある。なかなかできないバランス感覚だと思います。しかも、稲葉さんの歌詞って、実は社会状況を見据えているものが多いじゃないですか。『Highway X』収録曲の歌詞は、コロナ禍の影響も濃いですし。今回、「Symphony #9」の真意を聞いて驚愕しました。ただ、稲葉さんはそこで声高に何かを主張するわけでもない。そうした絶妙なバランスに、稲葉さんの美学や矜持を強く感じます。

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