楽観的密室/連載:小林私「私事ですが、」

2023/09/30 20:00 配信

音楽 コラム 連載

楽観的密室/連載:小林私「私事ですが、」※本人制作イラスト

美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は見知らぬ部屋に閉じ込められたとある男のショートストーリーです。


ベッドの硬い感触にうなされたことに気付いたことと、ほとんど同時であった。見知らぬ部屋にいる。
今しがた寝ていたベッドから見える扉は一目で厳重だと分かる威容であり、頭上にある小さな窓にはご丁寧に鉄格子がつけられていて、無機質な壁と床と天井に囲まれた部屋にはそれら以外は何もなく、まだ確かめていないのに「ああ、閉じ込められたのだな」と思った。

窓から差し込む光を見るに、少なくとも夜ではないだろう。だから、やはりというか、昨晩の飲み会から地続きの今日なのだろう。内容はあまり記憶に残ってはいないのだが、ずっと寝こけていたわけではないことに安心してしまう。丸一日寝続けたわけではないのなら、今日は土曜で、つまり明日は日曜なのだから、せっかくの休みが勿体ない。

勿体ないといえば、自宅のエアコンを点けっぱなしな気がしてきた。あれは温度を下げるときに一番電力を使うと聞くし、なんだかんだ点けっぱなしの方が安いとも聞く。とはいえ日中にかけて室温は多少上がり、その分電力も使っているだろうし、そもそもその部屋に自分はいないのだから、やっぱり勿体ないんじゃないだろうか。

ところでこの部屋には空調の類もなさそうだが、これといって暑かったり寒かったりは、今のところはない。床暖房であれば見えないだろうし、床冷房というのは聞いたことがないがありそうだ。そう思うとエアコンや換気扇の分の場所を取らなくていいのかもしれない。ベッドこそ安物の雰囲気があるが、案外この部屋の家賃は高いのかもしれない。こんな場所でも誰かが金を払っているのだと思うと妙な気分だ。じゃあ、その家主がいない間のこの床冷暖房(などがあると仮定して)が勿体ないのではないか。

いやしかし、人一人を閉じ込める部屋を持っている以上はお金持ちだろう。もう電気とかガスの料金などはあまり気にならないのかもしれない。でもそういうことを細やかに気に出来る人ほど堅実にお金を増やしていけるという、金持ちほど無駄遣いをしない考えもある。ではこの無駄遣いを構わないでいられるのなら、反対に貧しいのだろうか。給料日まで少し長いけど、やっぱり今日閉じ込めちゃおう!みたいな、そういう感じだったのかもしれない。

そう考えてから改めて部屋を見渡すとあまりに急拵えだ。なにせ硬いベッドしかない。硬い硬いと強調するのはやっぱりちょっとだけ寝心地の悪さを恨んでいるからだろう。それにしても人を閉じ込めておくにしては物が少なすぎる。飲み水とか携帯食料とか、そのくらいはあってもいいじゃないだろうか。冷蔵庫もあればより良いし、本当はテレビもあってほしい。そうすればストレスなく留まり続ける選択肢も生まれるだろうに。喉が乾いたりお腹が空いたり、すごく暇になったりしたらどうしてくれるのだろうか。死んでしまうではないか。

......なるほど、そっちが目的の可能性もあるのか。これが俗にいう密室殺人というやつかもしれない。
そうだろうか?あまりミステリーに詳しくはないが、密室殺人って、こんな、生きたまま閉じ込めるものだったか?

もっとこう、殺してから閉じ込めて、後からあの手この手で密室に見せかけるみたいな、少なくとも餓死待ちではないんじゃなかろうか。

餓死ってどのくらいでするんだろう。スマホで調べてみると水分は4、5日くらいで限界で、食べ物なしでは三週間が限度らしい。困ったな、流石にそれだけ仕事に行けないのは困る。上司に怒られてしまう。

そろそろ昼時か、コンビニでも行こうかな。厳重そうな扉は重いだけで開いていた。良い天気だ。

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