ハリウッドザコシショウが自腹で地上波放送枠を買って特番制作 “テレビで放送できる限界”に挑む「待っていてもできないなら、第一歩は自分でやろう」<提供ハリウッドザコシショウ>

脳内のものを出し切った

撮影=阿部岳人


――番組の内容は言えないと思いますが少しだけ教えていただけますか?

今は見てほしいとしか言えないです。スタジオとロケ両方でここでしかできないことを追求しています。家族も出ていますが、この企画ならこの人が向いているという人にオファーをかけています。基本、僕が主体です。自分の脳内のものを全部出したみたいな感じ。ただ脳内のものを出し切ったので、今は頭の中ゼロなんです。毎日、YouTubeを撮っているんですけど、今、何を撮ったらいいかわからない状態(笑)。この番組が今、僕の一番オススメできるものです。

――ザコシさんのことを師匠と慕う“ハリウッド軍団”のメンバーも出るのですか?

どうですかね。ただ、“ハリウッド軍団”のオリジナルメンバーと言われる芸人は、僕が生きている間にギリ食えないくらいまでには引き上げたいという思いはあります。錦鯉、バイきんぐは売れたので、あとはキャプテン渡辺だーりんずジャック豆山虹の黄昏、ゆっくんちゃん、桐野安生チャーミング…このあたりまでは手を差し伸べていけたら。彼らは、僕がつらいときに師匠と言っていろんなことに協力してもらったのでその恩返しができれば…。1人だったら僕はここまで来られていないので。軍団があってこその僕、今の芸能生活だと思います。孤独じゃ売れないですよ。

――皆さんと会う前は孤独だったんですか?

孤独でした。大阪から出てきてコンビを解散して誰も友達がいなくて。しょんぼりしていたらロビンフットがSMAに誘ってくれて。そこからですよ、もう一回気持ちに火が付いたのは。そんな僕のピンの黎明期というかそういう時代を支えてくれたのがオリジナルメンバーなので。こうやって自分の番組ができるようになると少しはそういうヤツに助け船を出せれるし、僕の芸能生活ももっと楽しくなる。こういう番組はこれからも続けていきたいです。

撮影=阿部岳人


コンプラが青天井だった時代の予測不可能な感じを意識しています


――この番組を作る上で意識した番組はありますか? 以前、インタビューした際、『東京イエローページ』(’89~’90年、TBS系)の竹中直人さんを見て、こういうことをやりたいと思ったとおっしゃっていましたが…。

あの番組くらい、衝撃あるものになっているといいですね。ただ、『東京イエローページ』を放送していたときは、コンプラ(コンプライアンス)は今よりも青天井だったので、そういう意味ではなかなか勝てない。あの番組はすごいリアルなんですよ。竹中さんが楽しそうに笑って話していたと思ったら、次の瞬間にめちゃくちゃ怒ってるとか。見たことないけど実際にありそうな狂気が僕にめちゃくちゃ刺さりました。今回も、そういうところは少し意識しています。予測不可能というか…。

――見た人が忘れられない番組になりそうですね。

そうなると思います。偶然見た人も、「何をやってるんだ?」とその後も見続けるパワーがあるはず。そしてこの番組を見て、面白いことをしたいと思ってくれる人が生まれるといいなと。今の若手芸人の芸風を見ると、コンプラが壊れたようなバラエティー番組がなくなってきたからかみんなスマートなんです。それに比べて、僕はいびつなものを見てきたからこんな芸風で(笑)。芸人の芸の幅を広げるためにも、こういう変な番組は続けていかなきゃと思います。

撮影=阿部岳人