“どす黒く湿り気のある”怪作 オスカー候補で話題のエマ・ストーン×ヨルゴス・ランティモス監督の過去作「女王陛下のお気に入り」解説

2024/02/09 07:10 配信

映画 レビュー

エマ・ストーン&オリビア・コールマン(「女王陛下のお気に入り」ディズニープラスのスターで配信中)(C) 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

才気に富む2人が、またしても傑作を生んだ。「第80回ベネチア国際映画祭」金獅子賞受賞、「第81回ゴールデングローブ賞」作品賞&主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)2部門受賞、さらに現地時間3月10日(日)にアメリカで授賞式が行われる「第96回アカデミー賞」では圧巻の11部門ノミネートで話題の作品「哀れなるものたち」が、日本でも1月26日から公開されている。同作の主演はエマ・ストーンで、メガホンをとったのはヨルゴス・ランティモス監督。このタッグに反応する映画ファンも多いだろう。2018年に公開され、主演のオリビア・コールマンが2019年の「第91回アカデミー賞」で主演女優賞を獲得した映画「女王陛下のお気に入り」だ。今回幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が本作を視聴し、独自の視点で見どころを紹介する。(以下、ネタバレを含みます)

「女王陛下のお気に入り」とは


同作は18世紀初頭、フランス王国と戦闘状態にあった時代のイングランド王室を舞台に、アン女王と彼女に仕える2人の女性たちの入り乱れる愛憎を描く物語。米・アカデミー賞の他に「第75回ベネチア国際映画祭」銀獅子賞(審査員グランプリ)、最優秀女優賞(コールマン)、“地元”の「第72回英国アカデミー賞」では英国作品賞など7部門を受賞し、2000年代初頭から着実な活動を続けていたランティモス監督の名も一気に高まった記念碑的な作品だ。日本では今からちょうど5年前の2019年2月に公開された。

イングランド王室の建物、コスチューム、食器のデザインなど、どれもがクラシカルで優雅な香りを放つ中、“上級国民”たちが欲望を丸出しにして右往左往する姿が生々しく描かれている本作。うそや裏切り行為も躊躇(ちゅうちょ)せず、飛ぶ鳥をレジャーのために撃ち殺し、「うわ、ひどいなあ」と言葉が漏れそうになるシーンも少なくないのだが、それらは思惑の実行や蹴落としや生き残りへの手段であり、登場人物の目がギラギラし、口調が強くなればなるほど、こちらは「じゃあ、21世紀のあんたはそんなに清廉潔白なのかい」と問い掛けられているような気分になってくる。

とにかく、どす黒く湿り気のある淀んだパワーが渦巻く、最後の最後に至るまで気の抜けない作品だ。内容が複数の章に分かれているためか、オムニバス映画的な趣も感じられた。一種の群像劇だが、ひとまずエマ・ストーンをはじめとする4人の動きに的を絞って鑑賞を進めていくと楽しかろう。

ここからはその4人について触れていこう。まず主人公・アン女王は、あまり健康状態に恵まれず、政治についてもよく把握していない“お飾り”の最高権力者。たまたまそのポジションを手にできただけなのに、自分が万能ですべての頂点に位置しているとでも思っているような発言もする。日本では男の「ぜいたく病」というイメージもある「痛風」を患っていて、脚に生肉を当てるなどして治療をしている。

「女王陛下のお気に入り」より(C) 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

政治面での実権も握っている公爵夫人


そんなアン女王の親友にして側近がレイチェル・ワイズ演じるマールバラ公爵夫人・サラ。アン女王に対して遠慮会釈なく物事を言えるほぼ唯一の存在。ただならぬ関係を結んでいるが、女王が体調不良なのをいいことに政治面での実権も握っている。戦争推進派。

エマ・ストーン演じるアビゲイル・メイシャムは、いわゆる没落貴族の娘。サラとの縁故を頼って宮廷に入りこむ。薬草を自在に扱うことができる人、という印象を受けた。自分を卑下しながらも、したたかさと下心をたっぷりにじませて、要領の良さをどんどん発揮し始める彼女と、それに脅威と恐怖を覚えていくサラの対比も、この映画の見どころの一つだ。“女王陛下のお気に入り”の座を巡って争う2人の姿は、ある種日本の“大奥”を思わせる女性の戦いで、実に興味深い。ストーンは、サラを頼って入り込んだ挙げ句、うまく取り入ってサラを追い出すアビゲイルを見事に演じ切った。

そしてニコラス・ホルト演じるロバート・ハーレーは、アビゲイルと遠縁にあたるモジャモジャカツラをかぶった政治家。戦争継続に反対し、税金を下げよと女王に迫る。そこだけ聞くと「庶民思いの、良い政治家」だが…一筋縄ではいかない、こちらもしたたかな男だ。洋画は登場人物に感情移入できないから見るのが苦手という人も、例えば今作ならこの4人に的を絞って見てみたら、見やすいかもしれない。

英国とフランスとの間で和平交渉が始まった1712年といえば、日本では徳川家宣が死に、わずか5歳の徳川家継が第7代将軍になった頃だ。日本の時代劇だと「おぬし」「拙者」「おのおのがた」とか「上様」だの「余」だのといった言葉が、歌舞伎にも通じる口調でゆっくり目にしゃべられるのだろうが、「女王陛下のお気に入り」のセリフ回しは、ひたすらテンポがいい。楽団も演奏し、ダンスシーンもある。英国の時代劇について、俄然、探求したくなった。

映画「女王陛下のお気に入り」はディズニープラスのスターで配信中。

◆文=原田和典

「女王陛下のお気に入り」より(C) 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.