1月にアメリカ・ユタ州パークシティで開催されたサンダンス映画祭でプレミア上映され、称賛された「サンコースト」が2月9日より日本で配信開始。同作の脚本・監督は役者としても知られるローラ・チンが担当しているが、今回彼女は演技をせず「脳腫瘍の兄がいたこと」「(カリブ海に近い)フロリダ州で育ったこと」など、ニコ・パーカー演じる主人公の少女・ドリスに自らのキャリアを投影させながら、丁寧に物語を描いた。今回幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が本作を視聴し、独自の視点で見どころを紹介する。(以下、ネタバレを含みます)
同作は、2005年のフロリダ州セント・ピーターズバーグを舞台に、多感なティーンエイジャーのドリスが自分にあまり関心のない母親・クリスティンと共に末期ガンの弟の世話をしながら、医療事件に抗議する風変わりな活動家・ポールと思いがけない友情を築く青春物語。ドリスを演じるのは、ロンドン出身の気鋭俳優であるニコ・パーカー。母親・クリスティン役にはローラ・リニー、やはり物語の重要なポジションに位置するポール役にはウディ・ハレルソンが扮(ふん)している。
以上の俳優たちを見て、「おっ、いささか通好みだな」と思う方もいらっしゃるだろう。キラキラとしたスポットライトを浴びるタイプの芸能人というよりは、地味ながらもひたすら演技に打ち込み、ストイックなまでに自身と役の同一化にいそしむ真の実力派といえばいいだろうか。この映画を見終わる頃には、彼ら俳優陣の存在がじっくりと、あなたの心に刻まれているに違いない。
映画の中のクリスティンは当初、いささか神経質でいらだっていて、娘のドリスやその友人、施設の職員に対してさえも驚くほど攻撃的な言動に出たりもする。だが、息子への愛情は徹底していて、脳にガンを患って盲目となり、言葉を発することもできなくなった彼の介護を続け、高額に違いない医療費を払うために相当ハードに働いている。しかも、夫(ドリスの父)と別れて久しい。「根は優しいものの、毎日があまりにも過酷なために心がケバ立ってしまった女性」、これをローラ・リニーは実にきめ細かく演じた。2度ゴールデングローブ賞、4度プライムタイム・エミー賞を受賞しており、アカデミー賞にも3度ノミネートされているだけのことはある。
ひょんなことからドリスと交流するようになる老人ポールは、私の見方では「元ヒッピー」的なキャラクター。カネよりも名声よりも何よりも、自由を、そして今を生きることを何よりも尊ぶタイプという印象を受けた。演じるウディ・ハレルソンは、アカデミー賞やゴールデングローブ賞のノミネートの常連。コーエン兄弟制作の「ノーカントリー」、エマ・ストーンも登場した「ゾンビランド」、さらに「ハンガー・ゲーム」シリーズなどで異彩を放ってきた。
そしてリニー、ハレルソンという百戦錬磨の名優を相手に、ドリスを演じきったのがニコ・パーカーである。彼女は前述サンダンス映画祭で、見事「Breakthrough Performance Award」を受賞したが、それも納得の鮮烈さが「サンコースト」の演技にはある。要介護の兄のこともあって、十分な自分自身の時間を持つことも、青春を満喫することもできず、何となく吹っ切れなかった彼女が、クラスメイトから良い影響も悪い影響も受けて少しずつ変わっていくところや、まだ元気だったころの兄と過ごした日々を思うシーンは、この映画の最もリリカルな部分に数えられるといっていいはずだ。
介護にお金がかかることもあって、ドレスアップして出掛けることもままならないが、友人たちのおかげでドレスアップし、好きな子のために美しく変化する姿は見ていてほほ笑ましい。ホスピスでの格好はTPO的にアウトかもしれないが、それも青春といえば青春。
そんな彼女の長編映画デビュー作はティム・バートン監督の映画「ダンボ」(2019年)。ダンボの世話係・ホルト(コリン・ファレル)の娘・ミリー役で、当時はまだ14歳ぐらいのあどけなさの残る少女だった。主人公の娘役ということもあり注目され、強烈な印象を残した。キャリアはまだ5年ほどの19歳の気鋭は今後も要注目の存在といえる。
ちなみに「サンコースト」(太陽海岸)とは、兄が最後の時間を過ごすホスピスの名前。劇中、(昔のビデオテープに記録されているシーンを除いて)、一言も発さずに横たわり、逝く、彼の存在感もまた、この映画の重要ポイントの一つである。また、作者ローラ・チンの少女時代のヒットソングであったに違いない、エリカ・バドゥやウィーザーの楽曲が挿入されているのも音楽好きにはたまらないところだ。
「サンコースト」はディズニープラスのスターで独占配信中。
◆文=原田和典
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